Interview

アグロフォレストリーとの出会い
──ラテンアメリカ熱帯地域の人々の生業に学ぶ


藤澤 奈都穂(ふじさわ なつほ)


専門:ラテンアメリカ地域研究、農業生態

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{ Q1 }

ご研究について教えてください。

 

森林は木材や果物などの林産物に加え、炭素貯蓄や水源かん養といった機能を持つなど、様々な恵みをもたらします。特に熱帯林の重要性は広く国際社会に認識され、保全のあり方が問われています。一方で、熱帯林を含む多くの森林地域には、森林を利用しながら生活してきた住民がいます。私の研究の目的は、そうしたローカルな実践から学び、住民の生活を軸にしながら、森林の保全というグローバルな課題に対してアプローチすることです。

その一つとして中米の熱帯地域で、アグロフォレストリーに着目しています。アグロフォレストリーとひとことで言っても、樹木や作物の組み合わせ、その維持や管理の方法には無限のバリエーションがあります。同じ地域内でも、森と農地の境界が曖昧なグラデーションがみられ、その景観は実に複雑です。私が理解しようとしているのは、人々がどのような生業戦略の中でそうした複雑なアグロフォレストリー景観を創り出しているかです1。地域の在来農業や農業政策はもちろんですが、自然環境の変化やグローバルな要求、市場経済システムといった様々な価値観が絡み合う中、一つの着地点としてアグロフォレストリーがどのような役割を果たしているのか、果たしうるのかに注目しています。

 

特にCSEASに来た2020年ごろから取り組んでいるテーマの一つは、地域の農業や食文化と、森林景観の関わりを明らかにすることです。自給用の焼畑でも換金目的のアグロフォレストリーでも、そこで生産される作物の変化は、人々の食生活に影響を与えます。視点を変えると、社会の変化とともに変わってきている食生活は、農業や森林利用に影響を与えます。いわば、食事が変わることで景観が変わり得るということです。そのなかで、食と農と景観がダイレクトにつながる地域で、食文化と農業がもつ森林管理のポテンシャルと制約を明らかにしたいと考えています。

現代社会は、森林減少や気候変動、経済や政治の不安定さ、格差の拡大など、地球規模で様々な不確実性にあふれています。私自身の研究はローカルな生活の細部を見ていくスタイルなので、それが地球規模の問題にどう役立つのかと自問する日も少なくありません。でも、私もフィールドの人たちも、日々生活しています。グローバルな視点で抜本的な解決策を求めることはもちろんとても大事ですが、その大局を念頭に置きつつ、たとえそれが地道であったとしても、生活者として前向きに問題解決を見出す研究も同時に必要だと思うのです。

{ Q2 }

研究の道に進むきっかけや、
今のご研究に至った経緯について教えてください。

 

ボルネオの織物

 

学部で森林生態学の研究室に所属し、卒業研究のためにマレーシアのボルネオ島で、イバンの女性が織物のために利用する染料植物を調査したのが研究の始まりです。旬の大量に取れるランブータンが昼食になったり、夜な夜な川へ漁に出かけたり、森の中の果物を子どもたちと取りに行ったり……森と生活がじかにつながっていることに、純粋に感動しました。

その後、コマーシャルな文脈でも森と生活が共存したコーヒー・アグロフォレストリーという農法があることを知り、ラテンアメリカで研究を始めることにしました。調査地として選んだパナマでは、コーヒーの傍らにボルネオと同じような陸稲の焼畑があるのを目にしました。森と共存するコーヒー栽培と、森を循環させる焼畑は地域の農業として親和性が高いのですが、政策面ではコーヒーは環境に優しく、焼畑は森林を破壊すると捉えられていました。そこで「相反する」ように見える農法がなぜ、そしてどのように地域住民によって維持されているのか、ということに注目するようになりました2

{ Q3 }

現地調査の楽しさと難しさは
どういったものがあるでしょうか。

 

調査では、いろいろな人の生活の組み立て方を聞きます。馬を貸したかわりにヤムイモを受け取ったり、庭のカカオから油を作って売ったり、農業の傍らで床屋をはじめたり、動画で学んでケーキ屋を始めたりと、様々な生きる術を目の当たりにします。もちろん辛いエピソードと向き合わなければいけないときもありますが……そうしたやりとりは本当に面白いですし、ふとしたときに自分の個人的な人生に影響を受けていることに気づく瞬間があって、感慨深いものを感じます。一方で、現地の人々は、それぞれの立場や生活があるため、インタビューを快諾してもらえないことや、断られることがあります。インフォーマントに対するリスペクトと、研究計画の遂行のバランスが難しさだと言えます。

また、地域住民に情報を提供してもらっていることから、彼らの役に立つことを還元したいと思うのですが、研究ではすぐに利用できる実践的な知識を生産できないことも多く、常にジレンマがあります。アクションリサーチなど、様々な研究スタイルがあるので、還元方法を模索しています。

 

パナマでは道でナマケモノに出会うことも

パナマの焼畑

{ Q4 }

海外でのポスドクや、キャリアの積み重ね方について
どのように考え、歩んでおられますか。

 

常に手探り状態で、正直、キャリアの積み重ね方についてそれほど計画的に考えられてきたわけではありません。現在、学振のCPDという制度を利用してオランダの大学にポスドクとして在籍していますが、その前は海外調査の経験はあるものの、海外を拠点に研究活動をしたことはありませんでした。ただ、先行研究を読んだりする中で、国や地域によって研究の方法などに異なる傾向があることは感じていたので、機会があるのなら海外で研究して視野を広げたいと思っていました。オランダに来て、海外での博士課程やポスドクの募集が実にたくさんあることを知りました。ハードルが高いと感じるかもしれませんが、そのような情報を早くから収集し、特に学部生や大学院生の時期に海外の研究機関を経験することをおすすめしたいです。

 

コーヒーアグロフォレストリー

{ Q5 }

オランダでの仕事と生活の両立について
教えていただけますか。

 

最初は本当に大変でした。様々な手続きを終えて落ち着くまでに半年くらいかかってしまいました。主に、子育てに関することですが、雇用されていないので保育園料を軽減する託児補助制度を利用する権利がなく、非常に高額な託児コストと研究時間の確保のバランスをどう取るか、手探りでした。また、渡航時期がコロナ禍だったこともあり、ホームオフィスの充実が重要でした。

 

一方で、現在私は大学街に住んでいて、周りの人々はみな環境問題に関心があり、自然が好きです。そのため、休日になると森林の散歩道や国立公園、キャンプ場などに出かけています。また、オーガニックファームやケアファーム、そのお店なども充実しており、オフの日でも研究テーマに関わる情報が自然に入ってくるし、仕事と生活の両立、というほど気負わずに日々を楽しんでいます。

休日キャンプ

{ Q6 }

研究で出会った印象的なひと、もの、
場所について、エピソードを教えてください。

 

ある家族が焼畑に利用していた農地が、村の外の人に買い取られ、牧場になってしまったことがありました。長年フィールドでお世話になっていたその夫婦は、村では焼畑で稲を育てる人がだんだん少なくなっているなか、「在来品種のコメはおいしい」と、生産を続けていました。その子どもたちも、村の若者のなかでは珍しく、出稼ぎに行くよりも村で農業をすることに意義を見出し、親子で農地を管理していました。樹木は水や土を守るために重要だといい、農地に森林を維持していました。ただ、その土地は村の外に住む親戚から借りていたものでした。

ある日、彼らは「困っている」と、調査中の私を引き止め、事情を打ち明けました。「親戚が土地を手放したがっている。一括で買ってくれるなら売ってもいいと言われているけれど、一度にそんな大きなお金は用意できない。分割で少しずつ払わせてほしいと頼んだけど、それはできないと言われた」ということでした。金額を聞くと、10haの土地が100万円ほどだということでした。当時の現地の基準でもその広さを考えると格安でした。ただ、そのとき学生だった私は、お金を彼らのために工面するということは考えられませんでした。

 

次に村を訪れたとき、売られてしまったその土地には牧場が広がっていました。その光景を前にして、「私たちが残していた樹を、全部切ってしまった」と娘が悔しそうに教えてくれたのを、今でも鮮明に覚えています。長年お世話になっていた彼らに何も返せていなかった私ですが、せめて経済的に協力すること、もしくは協力を呼びかけることはできたのではないかと、今でも悔やんでいます。農地を次世代に残すこと、地域の財産である種や技術を残すこと、それを重んじていた彼らに協力することは、彼ら家族の問題を超えて、地域にとっても重要だったと思うからです。地域との関わり方の難しさを実感したできごとでした。

{ Q7 }

特に影響を受けたものや本を教えてください。

 

『自然を守るとはどういうことか』3、を読んで、人が利用することが特定の環境を維持するという里山の考え方に出会いました。アグロフォレストリーの考え方に共通するものがあり、今の研究に影響を与えています。また、ミゲル・アルティエリ(Miguel Altieri)やエルネスト・メンデス(Ernesto Méndez)をはじめとするアグロエコロジーや食料主権に関する研究4、ダウ・ファン・デル・プルーフ(Douwe van der Ploeg)の小農に関する議論5はアグロフォレストリーや在来農業の現代的な文脈における意義を捉えるうえで影響を受けています。食料のグローバル化やコモディティ化が進み、各地域の食文化や生産方法が担ってきた地域の環境との関わりやその役割は、効率性を求める食料システムの中で見落とされがちです。

文化的に適切で健康的な食べ物を消費する権利、生産から流通、消費までに主体的に関わり選択する権利を訴える「食料主権」は、ローカルな生産と消費に再度光をあて、グローバルなレベルで食料システムの変換の必要性を議論する契機となったキーワードです。小規模な農家のムーブメントが世界に繋がり、学術界や政治を巻き込んで活発な議論があります6

 

メキシコ調査トウモロコシの収穫の味

{ Q8 }

調査や執筆のおとも、マストギア、
なくてはならないものについて教えてください。

 

パソコンです。電気がない場所に長期滞在するときは、乾電池で使えるポメラがいまだに重宝します。マレーシアで購入した筒状の布サロンを、「何でも布」と名付けてタオルや敷布として使っており、乾きやすい手ぬぐいとあわせて中米調査でもマストアイテムになっています。あとは現地通貨を簡単に出し入れできるWiseのカードです。 執筆に関してはGrammarlyとDeepLを日々活用しています。

{ Q9 }

若者におすすめの本についてコメントをいただけますか。

 

昨今は研究関連の本ばかり読んでいますが、研究の中断期間があった際には、ノーベル文学賞をとった作家の著作ばかりを大学図書館で借りて読んでいました。改めて書くまでもなく、やはりとてもおもしろかったし、勉強になりました。

特に印象に残っているのは、ラテンアメリカの独特な世界観を感じることができるマリオ・バルガス=リョサの『緑の家』やガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』で、歴史的な背景から作り出された世界観に引き込まれました。

また、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』は、研究者として知識や技術について考えさせられる本でした。オルハン・パムクの『僕の違和感』は、1人の人生を仔細に描写することで、社会の大きな変革をミクロな視点から表現できる可能性を感じ取れました。ただ、これらはおすすめというにはあまりにメジャーですが……。

{ Q10 }

これから研究者になろうとする人に
ひとことお願いします。

 

別の地域の様々な問題が、大局的にはどこかでつながっている社会です。今後どこかで一緒に研究することがあるかもしれません。そのときはお互いに知識を活かして課題解決に取り組めれば嬉しいです。

{ Q11 }

これからの野望をお聞かせください。

 

次世代によい社会をバトンタッチすることに貢献する研究をしたいです。

不確実性がどんどん増す世界に対して、私たちの世代は「今できること」を「今しなくてはならない」と警鐘を鳴らされ続けています。変化が求められる中でも、ローカルな実態に見出される現存するポテンシャルを途切れさせるのではなく、むしろ高めて次世代に受け渡すことに貢献できればと思います。

(2022年11月23日)

調査地に子供と

1. 藤澤奈都穂「“自分らしく生きること”がつくる懐の深いコーヒーの森」阿部健一・柳澤雅之編著『No Life, No Forest──熱帯林の「価値命題」を暮らしから問う』(京都大学学術出版会、2021年)をご覧ください。

2. 四方篝・藤澤奈都穂・佐々木綾子「アグロフォレストリーとともに生きる──チャ・コーヒー・カカオ栽培の事例より」伊藤詞子編 『生態学は挑む SESSION 6 たえる・きざす』(京都大学学術出版会、2022年)を参照。

3. 守山弘『自然を守るとはどういうことか』(人間選書、農山漁村文化協会、1988年、PDF版2011年)。

4. ピーター・ロセット&ミゲル・アルティエリ著、受田宏之監訳、受田千穂訳(ICAS日本語シリーズ監修チーム監修)『アグロエコロジー入門──理論・実践・政治』(グローバル時代の食と農4、明石書店、2020年)。

5. Jan Douwe van der Ploeg, The New Peasantries: Rural Development in Times of Globalization 2nd ed. (Earthscan Food and Agriculture), Routledge, 2018.

6. 詳しくは日本村落研究学会 企画・編集『年報村落社会研究55 小農の復権』(農山漁村文化協会、2019年)をご覧ください。

東南アジア地域研究研究所 学振特別研究員CPD

藤澤 奈都穂