飛び石の真ん中で – CSEAS Newsletter

飛び石の真ん中で

Newsletter No.81 2023-05-10

町北 朋洋(労働経済学)

海の近い千葉の幕張から京都に移って、この4年近く、毎朝鴨川沿いを歩いて通勤しています。私の前の勤め先のアジア経済研究所は海のすぐそばだったので、仕事帰りに砂浜まで歩き、ウミネコやカワウ、他の海鳥がいないだろうかと探してから帰宅するということもありました。海のそばでのそうした生活を15年近く続けた後、京都ではガラリと環境が変わって、四季折々に違った顔を見せる鴨川に親しむようになっています。川に集まるカモの仲間、カラス、ハト、スズメだけでなく、トビ、アオサギ、シラサギ、他にも名前も分からないものも含めて、これまで以上に鳥と水を身近に感じるようになりました。仕事場のある東南アジア地域研究研究所の建物に急がなければならないのですが、鴨川沿いや荒神橋の上、飛び石の真ん中で束の間、鳥を探してしまいます。

しばらく前に鳥の渡りのことをバード・マイグレーションと呼ぶのだと知ったこともあり、自分の専門の一つ労働移動の研究ついでに、鳥と人間の関係についても勉強を始めました。昨年の夏に手に入れた本は環境哲学者トム・ヴァン・ドゥーレン著『フライト・ウェイズ─絶滅の縁の生と喪失』(邦訳は西尾義人訳『絶滅へむかう鳥たち─絡まり合う生命と喪失の物語』青土社、2023年)。この本は石井美保さんが執筆したエッセイ(『現代思想2022年1月号─特集 現代思想の新潮流 未邦訳ブックガイド30』所収)を通じて知りました。アホウドリ、ハゲワシ、ペンギン、シロヅル、カラスという絶滅の危機にもある5種の鳥を取り上げ、様々な環境に生きる動物と人間、動物と自然の「絡まりあい」に焦点を当て、人間の諸活動が自然に影響を与えることで、各世代の鳥が積み重ねてきた「飛び方・飛行経路」が変化してゆく様子を描いた作品です。本書を読むことは、私が専門としている人間社会、特に産業立地の変遷やそれが人間の移動にどう関わるかという課題への理解も助けてくれることも発見しました。そして、ある特定地域の動物や生態を取り上げ、それを人文学的にみてゆくことで自然科学の議論を積極的に補完しようという、環境人文学の研究の仕方に大きな魅力を感じました。海のそばから川沿いへ仕事場を移した後では、私自身の自然への親しみ方も変わってきており、本書の著者のように新しい研究分野を牽引し、自然科学者とは違った視点から自然を理解する方法の提示を目指す姿勢から多くを学んでいます。

(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))

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“On the Stepping Stones” by Tomohiro Machikita