著者からの紹介
本書に登場するカレン難民は、1980年代のビルマ内戦激化時に祖国を脱し隣国タイに逃れてきた人々です。このカレン難民を対象に10年以上にわたって、難民キャンプという特殊な社会で暮らす人々やそのライフコースの変容を映像に納め、制作・発表してきました。
本書では、撮影対象(主人公)である、キャンプで生まれ育ったカレン難民の少年ダラツゥという「個」に焦点をあて、彼を取り巻く人々との関係と「越境をめぐる生の実態」を述べつつ、映画の制作過程に合わせた長期的・通時的な参与観察により記述・考察しました。そして、映像を用いた難民理解の限界と可能性を問いながら、撮影の際における撮影対象者との関係性の形成を自己再帰的考察と映像の公開(上映会)における、「観る者」との交差における分析を通した他者(難民)表象の問題一般への還元可能性を提示することを試みました。
本書に付属しているQRコードで映像作品の鑑賞と併せることで、「撮る者」「撮られる者」そして「観る者」が共振(相互作用)する様子を追体験し、カレン難民についてより深く理解できるようになるかと思います。
本書を通して、カレンに限らず難民問題全体に関する議論に新しい視点をもたらし、社会に存在するさまざまな価値観の理解共有へとつながることを願っています。(直井里予)
目次
プロローグ
序章 難民に付与されてきた「イメージ」
1 難民はどのように表象されてきたか
2 共振のドキュメンタリー制作を通した難民のライフコースの参与観察
3 『OUR LIFE』第一章〜エピローグについて
第1章 日常――『OUR LIFE 第一章:僕らの難民キャンプの日々』
1 映画の内容(登場人物)と舞台
2 難民キャンプの一日
3 難民キャンプにおける伝統行事と教育事情――難民のアイデンティティ形成
4 越境するメディアと市場経済の流入(生存基盤の変容)
5 ビルマの民主化とダラツゥの決断
6 難民キャンプの日常を撮る視点
第2章 越境――『OUR LIFE 第二章:夢の終わり』
1 映画の内容(登場人物)と舞台
2 アメリカにおける第三国定住制度の概要
3 第三国定住地(アメリカ)における日常
4 難民ネットワーク形成におけるリーダーと教会の役割
5 ソーシャルメディアによる難民のネットワーク形成
6 難民の越境を撮る視点
補足:日本における第三国定住制度の概要
第3章 故郷――『OUR LIFE エピローグ:故郷』
1 映画の内容(登場人物)と背景
2 帰還事業の概要
3 難民の故郷意識
4 帰還の課題と難民キャンプと帰還地をつなぐ国際NGOの取り組み
5 パンデミック下のクーデターと国内避難民
6 難民の帰還(故郷)を撮る視点
第4章 上映を通した視点の共振
1 上映における視点の変容――上映と編集の往還
2 難民の視点――在日ビルマ人コミュニティにおける上映
3 観る者の視点が交差する空間の生成
終章 映像から見えてくる難民の「姿」
1 「難民を撮る」とはどういうことなのか
2 映像が捉えた難民のライフコースを通した日常と越境をめぐる生きざま
3 共振のドキュメンタリー制作と上映における視点の交差と生成
対談――国際NGO活動を通して難民の越境を考える
エピローグ