編著者からの紹介
より良い社会、を作りたいと思いませんか?
より良い社会に暮らしたい、という希望を否定する人はおそらくいないでしょう。でも、より良い社会とは、どのようにしたら作れるものなのでしょうか?また、より良い社会とは、一体どのような社会なのでしょうか?このような質問の答えを探すには、「より良い」という言葉が何を指すものなのかを、まずよく考える必要がありそうです。
ここで紹介する本は、カンボジアという国を取り上げて、いまから30年ほど前にスタートした、より良い社会を作るという一国のチャレンジの成果を振り返るものです。カンボジアは、東南アジアのインドシナ半島の南にあります。日本の半分ほどの面積の小さな国です。本書では、そのカンボジアの自然環境、政治経済、社会、文化が、最近30年の間に、どのような変化を遂げてきたのかという歩みを、現地で調査の経験をもつ12名の日本人専門家の研究報告を通じて考えました。
カンボジアの社会と人々の生活は、1990年代初頭までたいへん困難な状況にありました。1970年代には、ポル・ポト政権(クメール・ルージュとも呼ばれます)による共産主義革命があり、政治的な動機にもとづく殺人や飢餓で多くの人命が失われ、社会の基盤が崩壊するような負の影響を受けました。その後国際的に孤立していた1980年代を経て、同国が革命と紛争からの復興を本格化させたのは、1990年代以降です。戦火が止み、社会が安定し、経済活動が活発化しました。
カンボジアの人々はいま、30年前に比べると、格段に発展した生活を送っています。より良い社会を作るという1990年代以降のチャレンジの多くが、国際的な援助に支えられて、成功したのです。最近は、海外旅行を楽しむ富裕層も増えました。しかし、国内では広大な面積の森林が消え、かつて豊富だった魚が獲れなくなりました。貨幣中心の経済が深く浸透し、生活のため仕事を探しに家を離れる人も増えました。心中の政治的信条を自由に表現できない、というストレスを抱える人もいるようです。
より良い社会の実現は、我々の多くが希望することです。それだからこそ、「より良い」という言葉の意味を定めることの難しさや、そもそも社会が変わるとはどのようなプロセスなのかを、この本を手に取って、考えてみませんか。(小林 知)
目次
序論 カンボジアは変わったのか(小林 知)
第1章 カンボジアの空間と人口(小林 知)
第1部 政治と市民社会
第2章 民主主義を装う独裁─体制移行後のカンボジア政治の展開(山田裕史)
コラム1 王族と政治
コラム2 人民党政権の対中傾斜
第3章 政府と市民が相克するメディア─カンボジアにおける表現の自由をめぐる軌跡(新谷春乃)
コラム 教科書から見たカンボジアの現代史
第4章 カンボジア市民社会─市民社会組織の誕生、増加と課題(米倉雪子)
コラム 小さな米農家の生活向上をめざして─市民リーダー、ヨーン・サンコマーさん
第2部 経済と資源
第5章 復興からの経済成長─さらなる発展を目指して(初鹿野直美)
コラム 南部経済回廊─越境するヒトやモノ
第6章 カンボジア農漁業の30年─自然資源活用・資本集約化による発展とその限界(矢倉研二郎)
コラム 農業省力化の背景と社会・経済への影響
第7章 止められない消失と維持されている影の構造─カンボジアと森林資源をめぐる30年(倉島孝行)
コラム 中部プレイロン周辺村概史─林政失敗のもう1つのビハインド・ザ・シーン
第3部 社会
第8章 少子高齢化時代を迎えたカンボジアの家族・世帯(高橋美和)
コラム 結婚式に見る家族・親族のつながり
第9章 「外国人」区分と国籍に見られる継続性と変化─ベトナム人を中心に(松井生子)
コラム 村の民族間関係
第10章 学校教育をめぐる援助依存、国内化、多様化─国際支援下の教育復興を振り返る(千田沙也加)
コラム 学校教師いまむかし
第4部 文化
第11章 カンボジア仏教の現在地と将来像─サマイの拡張・深化と新たな担い手の登場(小林 知)
コラム プロマニュ・サーサナー─宗教統計に現れない宗教
第12章 カンボジア古典舞踊ロバム・ボラーンの継承と変容─王立芸術大学とディアスポラ民間舞踊学校の比較から(羽谷沙織)
コラム 伝統文化の継承をめぐるRUFAC校舎移転問題─理想と現実のはざまで
第13章「アンコール・モデル」の成功と呪縛─体制移行後のカンボジアにおける文化遺産(田畑幸嗣)
コラム 盗掘・販売・返還
あとがき
索引
略語索引