編著者からの紹介
「冷戦」と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。米ソ超大国の対立。核戦争の危機。ソ連崩壊(1991年)によって終結した世界史のなかの出来事。そういったところでしょうか。しかし、もしこの冷戦を、政治史・外交史の視点からでなく、社会的な視点から見直してみたらどうなるでしょうか。実際、近年の冷戦史研究で注目すべきことは、関心の焦点が冷戦の起源からその性質へと移っていることです。もはや「誰が始めたのか」「どちらが悪かったのか」ではなく、「それはどう機能していたのか」「そもそも冷戦とは何だったのか」と問われはじめているのです。
本書は、これまで語られることの少なかった視点、すなわち「普通の人びと」の立場から冷戦とは何だったのかを捉え直した歴史書です。舞台は、インドネシア・ジャワの農村、タイ北部の密林、ベトナムの戦場、東ティモールの集会、インド・ケーララ州の先住民族の村々など。すべての章は、アジア各地で行ったオーラルヒストリー・インタビューや一次資料に基づいたもので、20世紀アジアを生きた人びとの生の声と記憶を丹念に掘り起こしています。そうすることで、私たちが米ソ対立の一環、あるいはその延長と見なしがちだった「冷戦世界」が、実際にはそれぞれの現地状況に基づいたものであり、地元の人びとの想像と実践によって具現化したものだったことを示しているのです。各章が明らかにするのは、各地の人びとが、冷戦というグローバルな出来事を、自らの文化戦争や社会秩序をめぐる争いを戦い抜くために、どのように翻訳し活用していたか、ということ。本書が示すのはここまでですが、この本を読んだあとに考えてほしいことがあります。もし「冷戦世界」がそうした各地の小さな営みによって再生産されつづけていたものだったとすれば、その総体としての冷戦をどう捉えるべきなのだろう─と。
本書の使用言語は、中国語、日本語、タイ語、ベトナム語、インドネシア語といった比較的よく知られたアジア主要言語だけでなく、マラヤーラム語(南インド)、モン語(タイ北部)、テトゥン語(東ティモール)などのローカル言語にまで及び、これまでの英語文献ではまず紹介されてこなかった一次資料を数多く収録しています。まさに「現場の声」に耳を傾けた国際共同研究ならではの成果です。冷戦を知らなかった若い世代にも、冷戦を体験した世代にも読んでいただきたい、歴史、社会、記憶を繋ぐプロジェクト。いまだからこそ読まれるべき、過去と現在をつなぐ現代史の試みです。本書に興味を持った向きは、本書の元となったオーラルヒストリー・オンラインアーカイブ “Reconceptualizing the Cold War: On-the-ground Experiences in Asia” も見てみて下さい。(益田肇)
目次
List of Illustrations ix
Foreword by Odd Arne Westad xi
Acknowledgments xv
Introduction
Reconceptualizing the Cold War: On-the-Ground Experiences in Asia 1
Masuda Hajimu
Part I Social Warfare
1 Terror in East Java: The NU versus PKI Conflict before and after September 30, 1965 23
Imam Muhtarom
2 Islam and Communism in West Java:
The Cold War and Sociocultural Polarization in Indonesia, 1945–65 44
Matthew Woolgar
3 Assimilation of Ethnic Chinese in Cold War Thailand, 1948–57 73
Cui Feng
4 Voices of the Voiceless: The Cold War and the Hmong in Northern Thailand, 1965–82 91
Prasit Leepreecha
Part II Local Imaginings and Identity Politics
5 Reconsidering the Naxalite Movement:
Local and Social Experiences of the Cold War in Kerala, India, in the 1960s 115
Muhammed Kunhi Mahin Udma
6 Theorizing Southeast Asia’s Cold War: Timor in 1974–75 143
Kisho Tsuchiya
7 Anti-Vietnamese Xenophobia as the Vernacular Expression of Anticommunism in 1950s Laos:
Rethinking (Not Removing) Our Cold War Lens 174
Simon Creak
Part III Individual Hope, Negotiation, and Trauma
8 Bodyguards of the US Military? The Voices of US-Educated Okinawans, 1949–72 205
Kinuko Maehara-Yamazato
9 The Voices of Young Vietnamese Women Volunteers during the Vietnam War 231
Luong Thi Hong
10 The Red Guards in Burma, 1960s–80s: An Oral History 252
Bin Yang
11 Afterlife of Cold War Memories:
Familial Transmission of Martial Law–Era Memories in the Post–Cold War Philippines 274
Mary Grace R. Concepcion
12 Letter to Granddad: Tracing the Life of a Leftist during the Malayan Emergency, 1948–60 299
Sim Chi Yin
Reflections
13 The Long, Hot Cold Wars of Asia—and Latin America 307
Alan McPherson
14 An Archipelagic Turn: Islands as Method in Understanding Cold War Asia 319
Taomo Zhou
15 The Cold War in Asia 328
David C. Engerman
Contributors 335
Index 339