芹澤 隆道 | 東南アジア地域研究研究所

芹澤 隆道

職名: 日本学術振興会特別研究員PD

MAIL: serizawa [at] cseas.kyoto-u.ac.jp

研究部門

社会共生部門

専門分野

フィリピン史、日本思想史

研究関心

歴史と歴史叙述、地域研究における知の生産、翻訳




     私の研究関心は、アメリカ合衆国のヘゲモニーに注意を払いながら、フィリピン史研究と日本思想史研究が交錯する領域にある。自由、民主主義、発展を謳うアメリカ合衆国のヘゲモニーがフィリピン史を語る日本人のテクストをどのように規定してきたのか、どのような出来事は排除されてきたのか、あるいは無視されてきたのかについて研究活動を行ってきた。例えば20世紀の間に日本人がフィリピン人の歴史に多大な関心を寄せたのは三度あるが、この現象についてこれまで包括的な研究は行われてこなかった。一度目はフィリピン革命とそれに続く比米戦争が起こった20世紀転換期、2度目はアジア・太平洋戦争が起こった1940年代前半、3度目はアメリカ合衆国の介入によってベトナム戦争が泥沼化した1970年代である。アメリカ合衆国が関与した戦争が起きた時に、日本人はなぜフィリピン史に関心を持ったのか。この問いは、アメリカ合衆国の対テロ戦争が巻き起こった21世紀という時代の中で、フィリピン史を研究する一日本人としての内省と深く結びついている。

  • Serizawa, Takamichi. “Japanese Solidarity Discourse on the Philippines during WWII,” Philippine Studies, vol. 63, no. 1, pp. 71-100, 2015.
  • Serizawa, Takamichi. A Genealogy of Japanese Solidarity Discourse on Philippine History: War with America and Area Studies in the Cold War, Ph.D. Dissertation, National University of Singapore, 2013.
  • 芹澤隆道.「フィリピン・コルディレラ山地の「アメリカ化」とイゴロットの対日協力問題」, 『東南アジア研究』, 京都大学東南アジア研究所, 50巻1号, pp. 109-139, 2012年

  • 「フィリピン国語問題と歴史認識:<未完の革命>の継続としての日本軍政」(日本学術振興会特別研究員研究奨励費、2016-2018年度)
    本研究は、フィリピン国語問題と歴史認識の相関関係に着目することによって、日本軍政(1942-1945)がフィリピン社会に与えた変化の側面を浮き彫りにする。1935年に誕生したコモンウェルス政府にとって国民を統合する共通言語の必要性は喫緊の課題であったが、この課題は偶然的にも、続く日本軍政に引き継がれた。フィリピン人を脱アメリカ化させ、親日的な言説を流布させるために、日本軍政はタガログ語を国語として指定し、英語とスペイン語の優位性を転覆させることを試みたからである。もちろんこの政策は「大東亜共栄圏」にフィリピン人を組み込むための日本のイデオロギーの産物である。しかし他方で、当時現れたタガログ語テクストは、アメリカ物質文明への批判、農村への回帰、西洋を頂点とする発展史観への懐疑などを促進した。本研究は、この日本軍政下において高揚したフィリピン民族主義が、米国植民地時代には未熟な蜂起とされてきたフィリピン革命 (1898-1902) をどのように再解釈し、新たな民族アイデンティティを打ちたてようとしたのか、西洋と東洋の狭間で揺れ動いたジレンマにも注意を払いつつ、明らかにすることを目的とする。
  • 「戦間期東南アジア(1919-1939)における共産主義思想の「土着化」に関する比較研究」(りそなアジア・オセアニア財団、2017年度)
    本研究の目的は、第一次世界大戦後から第二次世界大戦にかけての戦間期に、植民地あるいは半植民地状況に置かれていた東南アジア地域において共産主義思想がどのように受容され、一般大衆に伝播したのかを越境的に明らかにすることである。東南アジアにおける共産主義思想について、これまでの先行研究は、第二次世界大戦後の独立を果たした各国を単位とし、分析を行ってきた。言い換えれば、資本主義国家と社会主義国家を分断し、共産主義思想が、戦後の国家建設に対して果たした、あるいは果たさなかった役割に注目してきたと言える。
    これに対し本研究の特徴は、第一に、共産主義思想が東南アジア各地域に伝播し出した1920年代から、世界恐慌を経て大幅に支持者を拡大した1930年代に時間軸を設定することである。これによって植民地あるいは半植民地状況に置かれていた東南アジアの人々の困窮経験を横断的に取り上げることが可能となる。次に、このヨーロッパ生まれの思想が、土着の信仰や宗教と対立、融合を繰り返しながら、一般大衆に伝播していった過程を明らかにする。すなわち共産主義思想の「土着化」という仮説に立ち、土着の信仰、仏教、キリスト教、儒教と共産主義の融合過程を明らかにし、東南アジアにおける社会改革思想の類似性と異質性を浮かび上がらせる。