Interview

まちを歩き、データからまちの未来を描く


馬塲 弘樹(ばば ひろき)


専門:都市・不動産分析

Download PDF

{ Q1 }

ご研究について教えてください。

 

簡単に申しますと、まちなみや建物がどういう現状にあるか、あるいはどのように変わっていくかを理解し、将来のまちづくりに活かしていく研究です。

もう少しかたく言えば、私の専門は不動産・住宅分析や、都市計画、土木計画学にあたります。建物にはさまざまな見方があって、かたちを分析する専門家もいますし、構造や環境を分析する専門家もいます。私は建物の特徴を数値に直して観察します。例えば、築年数などの数字を集めたときに、そのまちがどのくらい年齢を重ねているのかといった情報ですね。マンションだと建て替えた方がよい年数があるので、その限界に近いようなマンションがどのくらいあるのか、またそういった傾向がまち全体でどのように捉えられるかを理解しようとしています。

 

より平易に私の研究を述べると、まちの分析をして、これからの時代、こういう考え方で誘導や規制をかけていったほうがいいんじゃないかっていう、考え方をつくるようなイメージでしょうか。例えば京都の住宅地や大阪の千里ニュータウンもそうですね。千里ニュータウンですと、築40年ぐらいの建物がどんどん増えてきて、これからここをどういう方向性で更新していくのかというガイドラインをつくりたいときに、研究成果が方針を決めるための根拠となって役立ったりしますね。また、専門家としてガイドラインなどをつくること自体に関わらせていただくこともあります。

{ Q2 }

ご研究について、関心をもたれたきっかけを
教えていただけますか?

 

それは、まちなみが好きだったからという、本当に単純な理由です(笑)。

大学に入って最初の1年半ぐらい、これからどういうことをしようかと広く学問について考えたり、実際に授業や実習を履修した時期がありました。そのときに惹かれたのが建築や都市計画で、それぞれの研究者が自由な発想で研究しているイメージがあったんです。物理や化学だと、ある真理があってひとつの道に向かうのが、建築や都市計画は色んな考え方を認めながら広がっていくようなイメージがあって、そういった点も好きになりました。

{ Q3 }

研究者になろうと思ったきっかけや、
研究者になるために努力したこと、
あるいは失敗談について教えていただけますか?

 

さまざまな仕事に携わってきたなかで、自分のできること、やりたいことに一番つながるのが研究でした。その時々で興味のあることを試してみて、最もストレスなくうまく続けられているのが研究活動のように思えます。

研究者になるために、正直あまり特別なことはしていませんが、強いていえば、研究には誠実に取り組み、自分自身の体験を大切にしてきました。研究は一度発表すると将来ずっと残っていくものですので、できる限り信頼のできる情報を集めて、良いものを作っていこうと思っています。

また、私の研究は極論をいえば研究室の中だけで完結できるのですが、それでも気になることがあれば実際にまちに出て、取り組んでいる研究が正しそうか確認します。こうすると、他の研究者にも具体的に説明しやすく、良い結果を生んでいると思います。

一方、失敗談の方ですが、私は優柔不断で研究者になるまでのらりくらりしてきたので、無駄なことをせずに研究者になった人より5年くらい遅く研究生活をスタートしています。ですので、考え方が柔軟で体力のある時期に研究をスタートできなかったのが失敗といえば失敗です。それでも、5年間で幅広い経験を得られました。例えば、私は現在とは少し違う専門分野でアメリカに留学し、そこでどちらかといえば造園や建築に近いことを学んでいました。実際のところ、そこで学んだ細かい知識はほとんど役に立っていません。それでも、多国籍のチームで課題を仕上げたり、何かを創作して完成度を上げていったりするのは、研究にとっても重要な、糧になる経験でした。ですので、5年くらい回り道していても後悔している訳ではありません。

{ Q4 }

参考となった、またインパクトを受けた
研究はありますか?

 

Shrinking Cities(縮退都市)というプロジェクトです。ごく簡単に言えば、世界の一部都市では人口減少が進んでいて、それと関係のある様々な問題を明らかにしようとしたプロジェクトです。英語ですが、ウェブサイトも見られます(http://www.shrinkingcities.com/)。

博士課程の学生として研究を進める時に、その問題提起にとても共感し、多くの論文にふれるきっかけとなりました。また、このプロジェクトはドイツ発祥なのですが、実際にドイツの人口減少の様子を肌で感じたいと思い、4か月ほどベルリンに研究滞在しました。

{ Q5 }

「まちなみが好き」という動機について、
もう少しお聞かせください。

 

そうですね、もう趣味みたいなものですね(笑)。
このあたりも結構歩きました。特に、普通の方が生活している路地とか狭い道が好きです。京都のまちなみは短冊状に並んだ京町家が元になっていますが、そういうところに行くと、古い建物が更新されてちょっと後ろに下がって三階建てになっているものが多いです。それでも町家的な形を残したりしていて。そういう、小さい発見をしていくのがおもしろいですね。

それに、道の作り方ひとつ見ても、全然違うんですよね。京都は、中心部が碁盤目状の街路になっているのは有名ですが、鴨川を東に渡るとまったくそうではないですね。一方で、(地下鉄で)北山や国際会館まで行くとまた碁盤目状の街路になっています。歴史的な事情や戦後の都市計画が複雑に絡みあって、現在のまちなみになっています。色々と学んでいくともっと面白くなると思います。

 

ごくふつうの路地や狭い道に小さな発見があるからまち歩きは楽しい
(撮影:馬塲弘樹)

{ Q6 }

これまでどのようなまちを歩いてこられたのでしょうか?

 

東京と千葉に合計10年くらい住んでいましたので、そのあたりは結構見てきましたし、留学先のアメリカのシアトルや、ヨーロッパもいろいろ歩きました。

2018年に日本学術振興会から補助金をいただきまして、ベルリンに4か月滞在しました。すごく歩き甲斐のある町でしたね。東西ドイツに分かれていた当時はベルリンも東と西に分かれており、ベルリンの壁が崩壊した後も、その影響が残りました。歩きながら、同じ都市の中にある地域差を知ることができました。例えば、ベルリンの東側は旧東ドイツの影響で十階建てを超える大きな住宅団地が建ち並んでいます。

{ Q7 }

研究室の中で完結しうる研究のベースには、
まちを歩くフィールドワークがあるのですね。

 

20代の終わり頃までは、どちらかというと設計・計画寄りのことをやっていましたので、実際街に出てどういう計画をしたらいいかなどを考えていました。それが根っこにあると思います。現在の研究では、データさえあれば最悪フィールドに行かなくてもよいのですが、やはり実際にフィールドで感じたことがデータから導き出されたこととどう違うのかは確認したいですね。

歩くということに関連して、いま取り組んでいる研究で東南アジアでも展開していきたいと思っているのがWalkability Indexの作成です(https://www.nikken-ri.com/wi.html) レストランやスーパー、公共施設など、人は都市に住みながら、いろんなスポットに行きますよね。人が歩いて行けるくらいの距離にどのくらいそのような施設が充実しているかについて、これまで日本のまちを例に可視化・数値化してきました。将来的には、東南アジアのタイ、ベトナムなどのスーパーやコンビニのデータを集めていきたいです。データは1千万件を超えるかもしれませんが、客観的にまちのイメージを捉えてみたいと考えています。

{ Q8 }

研究で出会った「とっておき」を教えていただけますか?

 

私はまちに関わる研究をしていますので、とっておきの景色はたくさんあります。世界中の景色の中でも、京都のまちなみや自然は本当に素晴らしいと思います。

個人的な意見では、定番ですがやっぱり鴨川でしょうか。特に出町柳のデルタから西側に上がったところです。京都市全体に高度地区の規制がかかっていて高い建物がなく(最大31メートル、住宅地の場合、地区によって10メートル、15メートルなど)、樹木が保全されていますので、川沿いを通った時に緑がふわって広がるじゃないですか。すごいですよね!山から直接河川に流れ込む水は水質も良いですし。また、河川によっては防護柵が設置されて河原に入れないところも多いですが、鴨川には柵がありません。けっこう高低差があるところも多いので、落ちる人いるんじゃないかなってハラハラしますが(笑)、そのおかげで鴨川のデルタはいつも賑わってますね。

 

あとは何気ない住宅地、例えば西陣地区なども素晴らしいです。西陣地区の都市計画規制を見たことがあるのですが、近景と遠景の二つの眺望規制のうえに、地区計画という、その地区独自の規制がかかっています。従来、日本ではあまり規制を細かくできない建物正面部についての細かい建築協定があり、すごいと思います。そういうことをわかったうえで見ると、少し古い建物もあるのですが、全体として統一感があるというか、一般的な住宅地とはやはり違いますね。

西陣地区では、綿密な都市計画規制により全体として落ち着いたまちの景観が広がる
(撮影:馬塲弘樹)

柵がない鴨川の景観。川と人との距離が空間的にも心理的にも近い
(撮影:馬塲弘樹)

{ Q9 }

研究のおとも、マストギアはありますか?

 

仕事で一番大事なのはキーボードですね。コンパスとかGPSとか、もっとかっこいいものを期待されるかもしれませんが(笑)。キーボードは、押したときの負荷のかかり方が結構違うので、30g、45g、55gなど色々とあるなかで試して決めました。負荷がかからず押せるっていうのが重要ですね。下手をすると仕事時間の9割以上がキーボードを打つ作業になったりするので、ちゃんと対策しないとすぐに腱鞘炎になります……。

 

仕事でいちばん大事なのはキーボード

{ Q10 }

あなたにとっての研究者像とは?

 

新しい考え方を創ることのできる人ではないでしょうか。新たに何かを発見したり、元々知られていた存在に対して名前を付けたり、それに理屈の通る説明をつけたりするようなイメージです。これは、文系理系関係なく、0を1にするような考え方であって、研究の醍醐味でもあります。

実体験でいいますと、複数の民間企業から分譲マンションのデータを集めて、日本全国のマンションデータベースをつくろうという研究をしていました。分譲マンションの総戸数自体は国交省が公開しているのですが、これまで具体的なマンションの立地についてはわかっていませんでした。この時、実際の分譲実績からコツコツ積み上げていくことで、ピンポイントでのマンションの立地や傾向がわかってきます。その成果として、耐震強度に不安のあるマンションの立地などが正確にわかるようになり、具体的に政策展開できるようになりました。これが新しい考え方かはわかりませんが、0から0.1くらいになった瞬間かもしれないですね。

{ Q11 }

これから研究者を目指そうという若い人たちに
ひとことお願いします。

 

私自身が中高生の頃と今の中高生のみなさんとでは、たった15年、20年くらいで本当に時代が変わりすぎて、社会に対する感じ方が少し違うかもしれません。私が大学に進学してから、本格的な人口減少、少子高齢化、東日本大震災、新型コロナウイルスなど、枚挙に暇がないほどの変化が起きました。ただ、そういった経験を積んでいる若い人たちにとって、日本で生まれ育ったからこそできる研究があると思います。 例えば人口減少問題は、日本が世界最先端であって、それを肌で感じてきた日本の若い人たちは、問題解決へのカギみたいなものをすでに学んできていると思います。このような問題は日本だけでなく、東南アジア地域はじめ世界中どこでも起こりうることなので、世界で活躍できる研究者を目指せるはずです。 最後に、この研究分野はさまざまな価値観にふれられる楽しい分野なので、少しでも関心があれば一般向けの書籍からでも、ぜひ手にとって読んでみてください!

ふだん何気なく見ているまちや建物にいろいろな角度から深い見方ができるとうかがって、まち歩きが一段と楽しくなりそうです。今日はたくさんのお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。

(2021年7月2日)

 

私の5冊●研究室の本棚から

1

Dutch Dikes(LOLA Landscape Architects. Nai Uitgevers Pub, 2015)

自分にとって人生初の本です。修士でアメリカに留学した時、インターン先のオランダで3か月かけて辞典のような本を作り、私は主にグラフィックを担当しました。オランダの堤防に関する本です。国土の多くが干拓地であるオランダは、堤防によって国を形作っています。そのことを体系化した研究書です。ちなみに、本書の第1版では私の名前は間違って“Bada”として載っています(泣)。

2

『ドイツ・縮小時代の都市デザイン』(学芸出版社、2016年)

龍谷大学の服部圭郎先生がドイツに滞在された時に現地をまわり、縮小都市の事例を丁寧に説明された本です。博士課程のとき、本書を読んで感銘を受け、このような研究をしたいと思いました。内容は地域研究に近く、インタビューも盛り込まれていて読みやすいと思います。

3

『都市と緑地』(岩波書店、2001年)

学部と修士の時の指導教員である石川幹子先生が書かれたものです。この本を読んで都市や緑地に興味をもち、現在の研究分野に進むきっかけとなりました。本書には、近代のアメリカ、イギリスの緑地計画から始まり、江戸時代から現代までの日本の緑地政策がどのように行われ、展開されてきたのかが綿密に書かれています。

4

『都市の空閑地・空き家を考える』(プログレス、2014年)

空き地や空き家の問題が研究され始めた頃、そのような問題を多面的に議論された書籍です。編著者である浅見泰司先生は博士課程での指導教員で、博士課程に入学する際に本書に感銘を受け、住宅・都市解析研究室に所属させていただきました。

5

『不動産テック』(朝倉書店、2020年)

最後に最近刊行された書籍で、不動産テックに関する様々な研究事例が集められており、これから不動産関連の研究を深めていきたいという方にとっては充実した内容を含んでいるのではと思います。本書で私は6章(「不動産市場分析におけるGISの活用」)と11章(「官民ビッグデータを用いた空き家分布把握手法の開発」)を担当しました。

さいごに

インタビューを終えて、もうひとこと

近年の情報技術の発達は目覚ましく、オフィスに座っているだけでまちの写真を眺め、視覚だけなら海外旅行だってできる時代になりました。実際、海外出張前に目的地の治安はどうだろうと思うと、Googleストリートビューで確認し、何となく雰囲気を掴んでからいくことが多くなりました。また、まち歩きをしている最中でも、地図アプリを開き、いまどこにいるのか、どの方角を見て、周辺にどのような店舗があるのかを常に確認しつつ歩いています。そうしているうちに、私は実世界のまちから何かを得たくて歩いているのか、デジタル空間上のまちを追認するために歩いているのかわからなくなる時があります(笑)。恐らく、私の場合、デジタル空間上のまちが頭の中に出来上がっていて、現地調査を通してその情報を少しずつ更新しているように思えます。そのような更新は些細なことであっても、人間らしく研究できる重要な要素なのではないでしょうか。

個人的なエピソードですが、ある夕方に研究所から帰宅途中のことでした。鴨川沿いの河川敷を抜け、下鴨を抜けるところでした。その時、ふいにおいしそうな匂い、しかも上等な牛肉を焼いているような香しさを感じました。そこは、京都でも屈指の高級住宅街だったのです(笑)。人によっては些細なことかもしれませんが、当時の私には家庭レベルからその場所性が良くわかった例として印象に残っています。

このような体験は場所、時間帯、季節が揃わないと実現できませんが、Googleストリートビューなども、その一瞬の景色を切り取っているものだということを気づかせてくれました。もちろん、センサーの発達により、視覚だけでなく気温、湿度、臭気、音など全ての情報をリアルタイムで取得できる世界が間もなく到来するでしょう。いつしか、AIが全ての都市情報を集めることができるのでしょうか?しかし、それはラプラスの悪魔のように成立しえないことであって、不完全な情報を取捨選択しながら、最終的に人間が意思決定をする必要があります。私の研究も、そのような意思決定のお役に立てるようなものであれば良いなと思っています。

東南アジア地域研究研究所 特定助教

馬塲 弘樹