「南極」を世界がデザインするとき – CSEAS Newsletter

「南極」を世界がデザインするとき

Newsletter No.81 2023-10-11

高橋 知子
(国際制度論研究)

国際制度論研究では、世界の異なる国や企業、非国家主体が、いかに協力して、人類に資する制度をデザインすることができるのかを論じています。今回は、こうした研究の先駆者であり、私にとって国連総会研究に扉を開いてくださった恩師でもある、M.J.ピーターソン先生の大著『南極を管理する─南極条約システムの創造と発展』(カリフォルニア大学出版会、1988年。原題Managing the Frozen South: The Creation and Evolution of the Antarctic Treaty System、邦訳は未刊行題名の翻訳は本原稿筆者による)をご紹介します。

本書は、「南極」をめぐる国際的なレジームを、議題そのものの重要性、各国の持つ利害関係、そして国際会議場での連合政治によって決まるものとして描きます。また、それぞれの背後には、政府代表のみならず、利権をもつ企業や環境ロビイスト、さらには政府間の連合など、多様なアクターがいることも言及されます。実際、同じ「南極」を議題としても、各国はそれを主権領土の一部とみなしたり、捕鯨等を行う海域として捉えたり、さらには未来に亘って資源の埋蔵地であると構想したりと、時代とともに、関連する争点は変化してきました。また大国であっても、国内政治の特定の利益団体の声が強調され、そのまま政府代表の見解となる場合もありますし、そうした論点で合意できる他国の代表がいなければ、国際的な議場では意見は通りません。

現代、当たり前のように安全保障問題や環境問題、また経済的な権益と関連づけて論じられる「南極」が、真っ新なキャンバスだった時代に立ち返ると、いかに多くの人々が、熾烈な利権争い、そして冷戦や南北対立の文脈を経ながら、「南極」をデザインしてきたのかが実感でき、感慨深いものがあります。

そして、人々が南極についての議論を重ねる一方で、研究の世界では、本書で提起された、レジームを分析する3つの論点が、その後、多様な方向で論じられています。例えば、近年の国際制度論では、中国の台頭に伴い、いかに国際的なレジームが変化するかといった論点や、国際的なレジーム自体が重複し始めたことに伴い、いかに各国が異なるアリーナを使い分けるのか、といったことが論じられています。問いの契機となる時事的なトピックや、研究手法の変化につい目が行きがちですが、これらの研究を架橋する大きな関心は、難しいポリティクスにおける国際制度の成り立ちを、普遍的なものとして説明する、という本書のテーマに表れているように思います。私は自分の研究の原点を見失わないためにも、これからも本書に立ち返りつつ、ピーターソン先生の最新の御著作もしっかりフォローしていきたく思います。

(イラスト:Atelier Epocha(アトリエ エポカ))

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When the World Designs Antarctica” by Tomoko Takahashi