共著者からの紹介
本書は開発経済学という社会科学の一分野に新しく現れた教科書です。開発経済学とは、経済学を使って開発途上国・地域の貧困削減を志向する学問です。経済学を使うとは何か。私なりにいうと、人間は自分と周りが得するように動く(利己的でも利他的でもある)ので、社会政策を考える際にはそうした人間観に基づいて、人々を動かすインセンティブを重視していこうというアプローチです。また、人々は離れていても市場を介して互いに結びついているため、人々のインセンティブに働きかける制度を用意する際にはそうした社会観に基づいて、相互依存性を織り込んでいこうというアプローチでもあります。
これまで多くの開発経済学の教科書が出版されてきましたが、それらと比べ、本書の特長は二つあるように思います。一つは、従来以上に開発途上地域の諸課題を広く取り上げたこと。貧困削減というゴールに向けて、従来からの農村開発や人的資本形成の役割だけでなく、産業振興や望ましい政治・経済制度の役割まで論じています。気候変動も含め、時代の変遷に伴って重要性が高まってきた話題もできるだけ漏らさず扱うなど、市場・国家・共同体の役割をまるごと追究した古典、速水佑次郎著『開発経済学──諸国民の貧困と富』(創文社)や定評ある教科書、ジェトロ・アジア経済研究所・黒岩郁雄・高橋和志・山形辰史編『テキストブック開発経済学[第3版]』(有斐閣ブックス)を継ぐ網羅性があります。
もう一つの特長は、最新の実証研究の知見と手法を紹介し、そうした諸課題への具体的な「作業手順書」を示したこと。今世紀に入り、開発途上地域の人々は政策にどのように、またどの程度反応するのかを知るために、ランダム化比較試験、歴史・地理的な差異を活用した自然実験などに基づく実証研究の成果が数多く報告されるようになりました。本書の著者らはこれらの観察と知見をとことん慎重に整理して積み重ね、もう解決済みで処方箋も定まったと思われた伝統的な課題にも新しい光を当てます。幅広いトピックへの糸口をどのようにつかむかを丁寧に教える書、本書をひとことで表せば、いわゆる「手に職」をつけるための第一歩と言えるのではないでしょうか。
そして本書を読んだ後、どこに向かえば良いのでしょうか。腰を据えてノートを取りながら学ぼうという意欲のある方々には、高野久紀著『開発経済学──実証経済学へのいざない』(日本評論社、2025年)を推薦します。そして山形辰史著『入門 開発経済学──グローバルな貧困削減と途上国が起こすイノベーション』(中公新書、2023年)は、私たちが国際協力する理由を見つめ直し、数年後の2030年に「持続可能な開発目標(SDGs)」が期限を迎えた後の国際開発、国際協力のすがたをわれわれ自身で再構築する一助となるでしょう。これら二冊からも読者を鼓舞する声が聞こえてきます。(町北朋洋)
目次
序 章 開発経済学の基本的視座──貧困削減に向けて(編者)
第Ⅰ部 農村開発
第1章 農業──貧困と飢餓にどう立ち向かうのか(木島陽子・中野優子)
第2章 農村金融──リスクにどう備えるのか(高橋和志)
第3章 共有資源管理──森林をどう守るのか(高橋遼)
第Ⅱ部 人的資本
第4章 教育──学びの質をどう高めるのか(五十嵐多紀子・関麻衣)
第5章 保健──健康をどう守るのか(永島優・増田一八・山内慎子)
第6章 ジェンダー──女性の経済的自立はなぜ重要か(牧野百恵)
第Ⅲ部 産業振興
第7章 労働移動──よりよい仕事をどう得るのか(町北朋洋)
第8章 産業──企業の生産性をどう高めるのか(樋口裕城)
第9章 国際経済活動──貿易と海外直接投資はどのような影響を与えるのか(早川和伸)
第Ⅳ部 政治経済的アプローチ
第10章 制度──社会のルールは経済成長を左右するのか(後藤潤)
第11章 紛争──人はなぜ争うのか(小暮克夫)
第12章 汚職──どう測りどう減らせばいいのか(北村周平)
終 章 気候変動とこれからの開発経済学──持続可能な未来に向けて(樋口裕城)
補論1 実証研究の基礎を学ぼう(高橋和志)
補論2 開発経済学の論文を書いてみよう(原朋弘)
補論3 フィールド調査へのいざない(高橋遼)
