現代フィリピンの地殻変動新自由主義の深化・政治制度の近代化・親密性の歪み

原民樹・西尾善太・白石奈津子・日下渉 編著
花伝社、2023年3月
288頁、ISBN978-4-7634-2054-1

共編者からの紹介 

本書は、2010年代のフィリピン社会と国家の変動を、具体的なフィールドワークとその経験から描き出した著作です。本書では、公的な領域における社会福祉の拡充、制度上の改革といった近代化やフォーマル化への評価と、一方で親密な領域における相互扶助や家族関係がこの変動を支えながら歪んでゆく問題を検討しています。

本書の特色は編者を含めて12人という執筆者の多さにもかかわらず、多くの議論が研究会だけでなくインフォーマルな場(たとえばFacebookのチャットグループなど)を通じて行われてきたことにあり、各論考のあいだでの相互引用と厳しい批判もなされる有機性にあります。

そして、フィリピン経済と新自由主義やグローバリゼーションが取り結ぶ関係性を各著者がどのように受けとめるのか、各々のフィールドでそれらはいかに現れていたのかを共有し議論する過程で、制度の近代化と親密性の歪みへの評価が執筆者の間でまったく異なることが明らかになりました。

フィリピンという地域で知識を生産する際、いかなる土壌をアカデミアでつくり出すことができるのか。本書は地域研究における知識生産のあり方に対して、一つの方法を提示しています。(西尾善太)


目次

はじめに トラブルとともに(西尾 善太)

〈問題の所在〉
序論 新時代のフィリピン人──なぜ「規律」を求めるのか(日下 渉)
批判的序論 2010年代のフィリピン政治をどう理解するか──社会民主主義への転換(原 民樹)

第1部 フォーマリティへの欲望
第1章 揺らぐ寡頭制──ディナガット州における革新政治の展開(原 民樹)
第2章 包摂的成長と再定住の政治── 2010年代におけるマニラの空間再編(藤原 尚樹)
第3章 「レッドテープ」からの脱却──法制度と執行体制の整備による非属人的制度の模索(宮川 慎司)
第4章 発展する胴元国家、生き残る違法賭博──ドゥテルテ時代の賭博政策をめぐる人々と政治(師田 史子)
第5章 スペクタクル化する「マンゴーの島」──ギマラス島における産地再編の光と影(中窪 啓介)

第2部 ままならないインティマシー
第6章 再編される親密性──生政治と死政治に引き裂かれる人々(西尾 善太)
第7章 「親しみやすさ」の複数性──コールセンターとKTV の労働世界(田川 夢乃)
第8章 OFW の身体に対する「遅い暴力」──農村男性の出稼ぎ先における痛みをめぐって(飯田 悠哉)
第9章 他者への応答としての「リホック」──元OFW 女性の日常から見る現代フィリピンの共生と分断(吉澤 あすな)
第10章 消費される未来、沈殿する過去──妊娠期における喪失経験と女性たちの応答(久保 裕子)

〈結論にかえて〉
現代フィリピンにおける時間/テンポの加速と揺らぎ──継ぎはぎされる変化への希求(白石 奈津子)

あとがき 変化の混沌を受けとめる道行き(白石 奈津子)