共編者からの紹介
過疎化がすすむ四国山地の山村で暮らすことは、現在の都市住民から見れば、アクセスが悪く、大規模な農業・工業生産用の土地も確保しづらく、地すべりなどの災害が多い「遅れた暮らし」に思えます。それに対して本書では、山村に生きる人びとが、そうした環境に身をおいてきた理由を、〈当事者の目線〉から描きなおそうとしています。本書の副題にある〈ゾミア〉とは、ヒマラヤから東南アジア・中国にひろがる山地に分布する、独自の文化、社会、生態環境をもつ自治の空間です。この本は、東南アジア地域研究の視点を援用することで四国山地の山村を〈ゾミア的空間〉の一つとしてとらえ、多分野の研究者たちで、地域を文理融合的視点で複眼的にみる面白さを伝えようとしています。
山村での暮らしに関わる当事者は、人間だけではありません。動かないように見える〈大地〉、目に見えない〈微生物〉、手つかずの自然のように見える〈森林〉、さまざまな存在のリズムや〈時間〉。本書は文化人類学・民俗学・歴史学・地域研究・社会学・建築学・土木学・微生物学・農学・林学・生態学・生物学を専門とする執筆者が結集し、〈大地〉・〈微生物〉・〈森林〉・〈時間〉という4部から地域を複眼的・重層的に捉えなおす視点や方法論を提示しています。そして近現代以降の国家や社会体制、経済、科学技術の変化ともに、日本の山村景観が生成したダイナミズムを明らかにします。
このように本書は、地域研究の持ち味であるある種の〈総合知〉といえる多分野の協働や対話を通じて、日本における山村景観の動態を時空間的に広い範囲に再文脈化することで、「地域」の新しい捉え方を提出しようとしています。それはまた、各学問分野の視点や方法論の持ち味を比べ、理解を深めることにも繫がっています。そうした想いが、四国山地についての理解を深めるだけではない「四国山地から世界をみる」という主題にこめられています。(内藤直樹・石川 登)
目次
序章 四国山地から世界をみる──ゾミアの地球環境学とは何か(内藤直樹・石川登)
第Ⅰ部 地質と人間──動く大地とともに生きる
第1章 四国山地の地質地形と暮らし──生活文化のベースを作る大地(殿谷梓)
第2章 四国山地の道の風景──現象としての道、施設としての道路(石川初)
第3章 工作者の風景──徳島県神山町の農家の生活空間(石川初)
第4章 土地が生む石積みと石積み技術──四国山地に見る生活技術(真田純子)
第5章 鉱物資源から地域をみる──別子銅山の街の消長と人間活動のかかわり(北野真帆・内藤直樹)
第Ⅱ部 微生物と文化──〈おいしい〉をつくるつながり
第6章 地域伝統発酵食品としての後発酵茶──阿波茶・碁石茶・石鎚茶・バタバタ茶(内野昌孝)
第7章 微生物からみた後発酵茶の地域性(堀江祐範)
第8章 アジアにおけるチャの伝播──嗜好品作物としてのチャ(山口聰)
第9章 阿波晩茶と地域社会──近現代における晩茶の流通と消費(今石みぎわ)
第10章 乳酸発酵茶・阿波晩茶の製法と用具──自家用品と農産品とのハイブリッド型生産(磯本宏紀)
第Ⅲ部 森と近代──景観を生み出す統治と流通
第11章 森をつくる統治──魚梁瀬山を巡る統治機構と地元民(赤池慎吾)
第12章 歴史学からみた近世の山里──阿波国那賀川流域を題材に(町田哲)
第13章 山で食べ、山を離れ、山を変える時代へ──和紙原料栽培をめぐる四国山地と森の変化(田中求)
第14章 森を活かす産業──高知における製炭業の変容(増田和也)
第15章 森と人の近代史を伝える──魚梁瀬森林鉄道の遺産化のうごき(岩佐光広)
第Ⅳ部 山村の未来──他者とともにある景観
第16章 草地から〈自然〉へ──剣山系における半自然草地の近代(鎌田磨人)
第17章 世界農業遺産のランドスケープ──徳島県西部の山村景観を産業資本主義の跡地として捉える(内藤直樹)
第18章 四国山地の集落の景観を支える価値観(市川昌広)
第19章 クマもいる四国山地をめざして──自然との対立から共存へ(安藤喬平)
終章 日本の地域を見ることの面白さ──東南アジアで再発見する四国(片岡樹)