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Interview with アーダードン・インカワニット

Dr.May Adadol Ingawanij

ご研究について教えてください。

東南アジアのアーティストによる映像実践や現代芸術、映画を専門として執筆と研究、展示企画などのキュレーションを行っています。研究と教育は現代美術、キュレーションや芸術活動、映画研究、美術史、および地域研究の分野にまたがり、方法としては歴史的文脈への位置づけやキュレーション、上映プログラム制作や様々な執筆形式を組み合わせて作品の形式や関係性を分析しています。エッセイや創造的な文体に、そして長いものでは物語やフィクションのような書き方を組み合わせることに関心があります。全体としては、東南アジアの芸術活動や映像実践の歴史と系譜を研究し、執筆に取り組むにあたって、脱西洋化され、脱植民地化された方法を作り出すことを目標としています。

私が受けた学問的訓練や積み重ねてきたキャリアは、普通とはかなり異なります。社会科学の学士号を取得した後、ロンドンのいくつかの芸術・建築関連機関とロンドン大学バークベック校とが共同で設立した学際的研究院に進学し、現代タイ映画の歴史的想像力と文化政治に関する研究で博士課程を修了しました。この15年間はウェストミンスター大学の芸術系研究拠点で研究を進め、現在、同大学の芸術・メディア研究教育センター(Centre for Research and Education in Arts and Media, CREAM)を運営しています。CREAMは芸術および創作、学際的実践の幅広い分野で最先端の実践的、芸術的、批判的、理論的、歴史的研究を推進しています。教育活動では、いわゆる「実践研究」(あるいは芸術研究)を行う博士課程学生を主に指導しています。学生たちは芸術活動やキュレーションを自身の研究内容や方法に取り入れようとしており、その成果は芸術的・創造的な作品と多様な執筆形式を組み合わせたものとなっています。これらの経験を通して私は、複数の分析法や創作の様式を取り入れた学際的な研究アプローチをとることを学び、実践してきました。

研究テーマはいくつありますか?

私の研究対象は、(1)映画芸術の脱植民地的・脱中心的歴史と系譜、(2)東南アジアにおける芸術的・政治的前衛主義の遺産、(3)現代芸術やキュレーションの可能性と創造的な形態、(4)東南アジアにおける、東南アジアの、東南アジアに適した、東南アジアに関わる映像や芸術、インディペンデント映画の美学とその普及です。

研究テーマを面白いと思ったのはなぜですか?

東南アジアの現代芸術や映像実践は、現代の重要な課題を探求するうえで実に豊かな土壌を提供してくれます。そこには芸術とイメージの実践がもつ、今とは別の未来、別のあり方を提示する力も含まれます。とりわけこの分野の研究や実践は、(1)植民地支配と革命の遺産がいかに存続し、現代の制度や諸民族の実践に影響を与えているかについて、また(2)そのような遺産を前に、コミュニケーションや美学、表現の形式はどのように成立しうるかについて、重要な問いを提起しています。

現代の東南アジアの芸術実践を研究することは、認識論的植民地化の遺産を無効化するという課題にどのように貢献したいかを問い続けること、そして、ただ遠くから観察するのではなく、過去数十年の間に出現したこの非常にダイナミックな実践・議論・思考の領域に十分に参与するために何をする必要があるかを問うことでもあります。私は、厄介で社会的なこの領域が大好きです。他者とともに考え行動する多くの機会は、注意深く見聞きする力を伸ばし、曖昧であり続けようとするモノや経験と格闘して思考し、新しい技術や実践的スキルを学び続ける機会を与えてくれます。実験や試行錯誤に対して開かれているのです。また、共通の概念や方法、手続きを定めて専門的な伝統を作り上げていくことと、ものごとをオープンなままにし、普通とは違うつながりを作り出し、分野間の境界の構築に抵抗することとの間で絶え間ないせめぎ合いがあります。

その一例として、私が現在進めている「アニミズム装置(Aministic Apparatus」というプロジェクトを紹介します。これは、アピチャッポン・ウィーラセタクン(Apichatpong Weerasethakul)ラヴ・ディアス(Lav Diaz)アラヤー・ラートチャムルーンスック(Araya Rasdjarmrearnsook)グエン・チン・ティ(Nguyen Trinh Thi)ら現代東南アジアのアーティストのインスタレーションや映画、ビデオなどの映像実践を、地域の強力な精霊への供物儀礼として、映画の巡回儀礼として上映するものです。このプロジェクトは、アーティストの映像実践と、東南アジアにみられる(人と精霊との交流とコミュニケーションの即興儀礼ないし装置としての)アニミズムの諸系譜とを結び付けます。

映画やメディアを集めて並べる「アニミズム装置」という実験の根底にある目的は、東南アジアのアーティストによる映像実践の地域的、言明的、宇宙論的、関係的特徴を概念化することです。このプロジェクトが明らかにする芸術とアニミズムとの親和性は、究極的には、生の可能性を追求し、関係の構築を求める人間という不確かな存在がもつ主体性を問うものです。無力な人間が、それでも他の未来を志向し、想像する主体としてあることを求める地平において、時代や存在を超えた社会性をそこに見出すことができます。このプロジェクトは、すでにさまざまな活動に刺激を与えています[1]。東南アジア地域研究研究所に滞在している間に、私はこのプロジェクトの一環として、『アニミスティック・メディア』(Animistic Medium: Contemporary Southeast Asian Artists Moving Image)の執筆に取り組んでいます。

「セントラル・リージョン(Central Region)」(タナチャイ・バンダーサック(Tanatchai Bandasak)、2019年)。イングランド北東部ベリック・アポン・ツイードにある中世の塔の内部で展示されたビデオインスタレーション。タナチャイの作品はラオスのサムヌアにある立石から着想を得ており、聖なる空間に関する東南アジアのアニミズム的考え方を想起させる。画像提供:タナチャイ・バンダーサック

研究の道に進むきっかけや、今のご研究に至った経緯について教えてください。

これまでの長い移動の遍歴が示すように、様々な知のあり方、文化や認識の違いから生まれる政治、通念に挑戦し厳密なカテゴリー化を避けようとするものへの理解にずっと関心を持ち続けてきました。時が経つにつれ、これらの関心は、伝統と近代、そして現代のつながりに関する目的論的思い込みを脱して、東南アジアやグローバル・サウスで映画芸術を研究する実験的、脱植民地的方法を探るアジェンダへと展開してきました。

この10年間は、タイと東南アジアにおける映画制作の系譜を歴史的文脈に位置づける試みを続けてきました。映画はコスモポリタンな都市エリートの文化であり、その功績だという既成の物語から距離をとりたかったのです。例えば、冷戦期のタイにおける映画の普及に関する研究では、廃棄されたフィルムを投影しての巡回野外上映の実践や興行を辿ることで、映画という装置を媒介する人間の役割を明らかにしました。私が提起したのは、人間が対話型のライブ上映パフォーマンスにおける弁士として、あるいは精霊への供物として捧げる巡回上映儀礼における映写技師としてその生態系の一部を担うとき、映画とは何なのかを考えることです。

2019年4月、タイ北東部ウドーンターニー県のジャオプノンジョク廟で、「祖父の霊」への供儀として開催される映画上映の案内。画像:アーダードン・インカワニット

不安定な創作環境のもとで危機に瀕した芸術的・文化的基盤しか持たないインディペンデントや反体制派のアーティストと仕事をしながら学んだことは、私の仕事は芸術的プロセスを支援する仕方で作品をキュレーションすることであり、つまり別の仕方で知り、関わり、コミュニケーションし、あるいは存在することで探究と実験を行う実践に光をあてることです。このような理由から、複数の構成要素と多くの協力者からなるキュレーション・プロジェクトの中に自分の著作を位置づけることを優先しています。

私が長年取り組んできた研究の一つにフィリピンの急進的映画作家ラヴ・ディアスの実践があり、2000年代後半からキュレーション執筆の対象となっています。企画上映と出版を通じてディアスの長編作品群を紹介するという物理的、制度的、言説的な課題に取り組んでいます。ディアスの作品を使って、またディアスの作品について考えるために、急進的な映画やアーティストの映像を移動して上映するというキュレーションの方法をとっています。発想の元となっているのは東南アジアの巡回映画上映の諸系譜であり、また、東南アジアにおける現代芸術の社会的コミットメントのあり方として特筆される非形式的なものや日常的なものを肯定的に捉える価値観です。私の論考では、ディアスの歴史記述的・時間的美学をフィリピンの芸術的・文化的前衛主義の遺産とそのアポリアとして位置づけて論じています。また、ディアスの長編作品の扱いをめぐる困難な上映の歴史を分析することで、グローバルな現代芸術や急進的な映画を擁護する際、芸術映画の観賞に対していまだ西洋近代主義の枠組みが根強いことから生まれる緊張関係を批判的に浮き彫りにしています。

研究の成果を論文や本にまとめるのに苦労したことはありますか?

いつもです!複雑で強烈で混沌とした調査経験や集めた膨大な資料から、首尾一貫した思考と表現をまとめる苦労は執筆プロセスの一部であることを学びました。育てるべきは、そのプロセスの内にとどまり、時間をかけ、知らないことを恐れない力、最初のアイディアが破綻したり、プロセスが制御不能になったり、物事が行き詰まる可能性を恐れない能力です。そうすると、思いがけない発想が生まれるものです。新しいことを探求し、学ぶプロセスを恐れず、自身の能力と直感を信頼して、常に自分の理解は不十分だという自覚の中においても最初の考えをつきつめていくことは、私が光栄にもともに時間を過ごすことができた多くの東南アジアのアーティストから学んだことです。

研究者を目指す人へメッセージをお願いします。

研究は他者とともに行うものであり、ともに何かを見つけるときに大切なのは他者への信頼です。

今後の抱負をお聞かせください。

未来を創造する理論的、想像的実践をテーマに、映像の制作と流通を組み込んだ新しい共同研究を行いたいです。これは、芸術活動やキュレーションにおいて、生態系や再分配への関わりや可能な未来への想像力を探究するものとなるでしょう。このプロジェクトでは、東南アジアの芸術研究が気候変動と生態系の変化にどのように関わっていくのか、その可能性が探られます。次のような問題が考察されるでしょう。東南アジアの気候変動の現実に対応する芸術研究の特徴とは何か。気候変動に対応する東南アジアの芸術研究や実践に学ぶことで、芸術研究の定義や概念、価値、方法はどのように洗練され、強化され、あるいは新たな課題となりうるか。また、批判的、歴史的、理論的、回顧的な未来のビジョンを探求する映画のキュレーションを展開したいと考えています。このプロジェクトは東南アジアを研究の出発点と位置づけますが、他の「南」の諸地域にも開かれるでしょう。また、近現代の映画や映像実践における社会変容の象徴として、学生に関する上映シリーズもこのプロジェクトに含まれる予定です。

(2022年7月)

Note


[1] これらには以下が含まれます。(1)イングランド北東部の農村地域ベリック・アポン・ツイードで開催された映画祭で中世・近世の遺跡や建物に展示された東南アジアのアーティスト(ルーシー・デイヴィス(Lucy Davis)/ミグラントエコロジーズ・プロジェクト(The Migrant Ecologies Project)クリス・チョン・チャンフイ(Chris Chong Chan Fu)タナチャイ・バンダーサックら)による映像作品のインスタレーション、(2)精霊に捧げる映画上映の伝統が強く残るタイ北東部の県で、約40人のアーティスト、ライター、キュレーター、研究者が参加したフィールド学習、芸術研究、パフォーマンスリハーサルのイベント、(3)寓話形式とアニミズム儀礼実践、巡回映画上映を絡めた雑誌向けのノンフィクション創作記事、(4)オンライン出版や映像作品の委託、(5)芸術や学術の場での国際的なアーティストの映像上映プログラムのキュレーション。


アーダードン・インカワニット
東南アジア地域研究研究所 招へい研究員
在籍期間 2022年6月-8月