IGLESIAS, Sol

VISITOR’S VOICE
Interview with Sol Iglesias ❯❯
政治学 ❘ フィリピン大学ディリマン校
京都大学東南アジア地域研究研究所(CSEAS)招へい研究員:2025年2月~4月
Meet the Researcher
調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものは?
知的な支えとなる環境は執筆する上で非常に重要です。私は外向的な性格のせいかもしれませんが、同僚や友人、パートナーと私の研究について話し合うことでエネルギーを得ています。最初の単著(モノグラフ)に取り組む間、私には執筆仲間がいました。自身の論文を執筆中の親しい友人です。私たちは時々Zoomで会ったり、お互いにメッセージを送りあったりして、進捗を報告しあいながら前に進むよう励ましあっていました。先学期、同僚たちと「フライデー・ライティング・クラブ」を始めました。カフェに集まり、隣同士でそれぞれ執筆作業をするのです。こうした工夫は、筆が進まなくなったときや、しばらく離れていたプロジェクトの執筆を再開するときに、特に役立ちます。
健康的に執筆するためにはスタンディングデスクが重要です。一日を通して、立ったり座ったり、姿勢を変える必要があります。私はこれを苦い経験を通して学びました。お分かりいただけると思いますが、論文を書いている間に、私はさまざまな不調を経験しました。テニスもしていないのにテニス肘になったり、ゲームもしていないのにゲーマー親指になったりなどです。中でも一番つらかったのは、長時間座っていると尾てい骨が痛くなることでした。座ることは新たな喫煙なのです(Sitting is the new smoking)!
アーカイブ作業には、携帯電話のスキャンアプリが不可欠です。
好きなものは何ですか?
恐らく多くの学者と同じように、私は読書と映画鑑賞が大好きです。現在、アミタヴ・ゴーシュ(Amtiv Ghosh)のThe Calcutta Chromosomeを読んでいますが、ぜひお薦めしたい作家の一人です。最近映画館で観て本当に楽しかったのは黒澤明監督の「七人の侍」です。きちんとした劇場で観たのは初めてでしたが、作品自体はおそらく3度目になります。テレビは私にとって気軽に楽しめる娯楽です。法廷ドラマ、医療ドラマ、犯罪捜査ドラマを見るのが大好きです。是枝監督の「阿修羅」をオンラインで観終わったところですが、非常に興味深いものでした。
あまり上手ではありませんが、大切な人たちや自宅に招いた友人のために料理をしてもてなすのが大好きです。パンデミックの間、私は「ブリティッシュ・ベイクオフ(The Great British Bake Off)」の10シーズンを視聴して、ベーキングのクラスにも通いました。そして練習を重ね、いくつかは上手に作れる料理や焼き菓子のレパートリーができました。
私はスキューバダイビングが大好きで、20年以上ダイビングを続けています。フィリピン、マレーシア、タイ、インドネシアの各地で潜り、グレートバリアリーフやモルディブといった「エキゾチック」な場所にも足を運んでいます。
Interview
暴力はなぜ起こるのか その理由を探る
01
ご研究について教えてください。
フィリピンの政治的暴力に関する論文を書き始めた頃、独裁政権崩壊後の最も深刻な暴力は2005年から2006年にかけて起きていました。主に(もちろんそれに限られるわけではありませんが)左翼活動家を狙った数百件に及ぶ超法規的殺害が発生していたのです。そして、私が研究を始めて数年が経った2016年に、ロドリゴ・ドゥテルテ氏が大統領に選出され、突然、私の研究は新たな意味合いを帯びるようになりました。彼の「麻薬戦争」により何千人もの命が失われました
私の原体験は、マルコス独裁政権が民衆の力で打倒された出来事に遡ります。家族の友人が逮捕され、拷問を受けたという噂を耳にした記憶があります。1986年にマルコス大統領が国外に逃亡した後、こうした抑え込まれた恐怖は、黄色いリボンと「laban(闘争)」のサインがあふれる歓喜へと変わりました。民主主義は回復したものの、以前よりもさらに脆弱なものでした。私は長年にわたり、フィリピンにおける選挙、反乱の鎮圧、犯罪撲滅運動の中で起きるさまざまな形態の政治的殺害を研究してきました。ドゥテルテ大統領の麻薬戦争における暴力の影響、特にそれがフィリピンで民主主義の後退(民主主義が完全に崩壊するわけではないものの質が低下すること)を引き起こしたことについても研究・執筆してきました。
ここ京都の京都大学東南アジア地域研究研究所(以下、CSEAS)で、私はフィリピンの犯罪撲滅キャンペーンを、タイのタクシン・シナワット元首相の下で行われた麻薬戦争、そして1980年代のインドネシアのスハルト大統領時代の謎の銃撃事件(Penembakan misterius)と比較する新しい研究プロジェクトに着手します。

02
研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。
フィリピンで麻薬戦争による暴力が激化し始めたとき、私は2003年にバンコクを旅行したときのことを思い出しました。特にこちらから話題を振ったわけでもないのに、何人かの人が、麻薬犯罪が社会にとってどれほど深刻な問題であるか、そしてタクシンがヤーバーと呼ばれる薬物との闘いでいかに素晴らしい仕事をしているかを私に話してくれました。彼らはタクシン政権下の麻薬戦争で警察が行った殺害についても、肯定的に語っていました。
また、ジョシュア・バーカー(Joshua Baker)のインドネシアのペトルス殺人事件(Petrus killings)に関する先行研究(現在は書籍の一部)やセノ(Seno Gumira Ajidarma)の「ミステリアス・シューター」三部作からも大きな影響を受けました。 さらに最近では、数週間分のインドネシアの日刊紙を調べていたとき、1983年5月21日付の記事で初めて「ペトリュス(petrus)」という言葉を目にしました。その瞬間、私は文字通り思わず息をのむほど驚きました。それまでの数か月の間に物事がどのように展開してきたかを実際の紙面を通して追うことができたからです。最初は、政府によるごく一般的な犯罪対策についての断片的な記事が載っていました。やがて、ガリ(gali)と呼ばれるギャングに対する取り締まりの記事が報道されるようになりました。その後、都市部のニュース欄で、ベルタート(bertato/入れ墨)のある死体が見つかったという報道が出るようになりました。インドネシアでその時代をリアルタイムで経験していなければ、パーカーの著作を読むか、あるいは何らかの別の手段がなければ、こうした報道の意味を理解するのは難しいでしょう。そうでなければ、当局が入れ墨のある死体を発見したことがなぜニュース記事になるのか、不思議に思うはずです。このとき私は、アーカイブ資料を用いた研究の重要性を痛感しました。

タイとインドネシアの事例を、ドゥテルテ大統領の国家的な「麻薬戦争」やフィリピンにおけるその他の犯罪撲滅対策と比較するのは、決して簡単なことではありません。それぞれの事例を取り巻く文脈には大きな違いがあるからです。それでも、こうした比較を行うことで、なぜ国家が時に犯罪対策を「勇敢な闘い」と称して実施するのかについて、より深く理解できるのではないかと考えています。
03
研究の成果を論文や本にまとめる際の難しさをどのように克服していますか?
私は幸運にも、博士号を取得して間もなく、若手研究者向けのプログラムに参加する機会に恵まれました。大学院在学中であっても必ずしも学ぶ機会がないような、専門能力を高めるための研修を受けることは、若手研究者にとって非常に重要だと私は考えています。たとえば、査読者のフィードバックにどのように対応するか、ピアレビューをどのように行うかなど、学術誌に論文を投稿する際に必要となるスキルです。
04
若い人におすすめの本があれば教えてください。
フィリピンの麻薬戦争に関心のある学生に対しては、ジェンセン(Jensen)とハパル(Hapal)のCommunal Intimacy and the Violence of Politics: Understanding the War on Drugs in Bagong Silang, Philippinesを読むことをいつも勧めています。これは、麻薬戦争のいわゆるホットスポットであるカローカン市に関して、10 年以上にわたって民族誌学、そして人権擁護活動の両方から携わってきた著者による優れた民族誌研究です。この本では、麻薬戦争以前にバランガイの人々が国家による暴力をいかに切り抜けたか、そして国家規模の政策によって「ゲームのルール」が変わってしまった後に彼らの生存戦略がいかに機能しなくなったかについて述べています。この本は、国家レベルでの暴力のパターンに関する私の研究とはまったく逆で、暴力の研究において見逃されがちなことを非常によく浮き彫りにしています。私たちは通常、人々がどのように、どこで、いつ、なぜ被害を受けるのかを説明する能力には長けています。しかし本書はむしろ、どのように人々が暴力から逃れ、国家の力をかいくぐることができるのかを示しています。こうした視点は、これからフィールドワークを始めようとしている学生にとって、非常に重要です。
05
理想の研究者像と、研究者を目指す人へのアドバイスをお願いします。
理想的には、研究者は自由であるべきです。興味のある問いを追求することができ、そして何よりも、執筆のプロセスに耐えることができる必要があります。私たち多くにとって、書くことは時に胸が張り裂けそうなほど難しいものです。書くことの喜びは、頭の中でもつれていた結び目が解けたときの「わかった!」という瞬間にあります。しかし、残りは苦痛です。それでも私たちが書き続ける原動力、つまり書き手として生きる理由は、作品を完成させる瞬間にあります。数週間、数か月、時には数年にわたる過酷な作業を経て、未完成の仕事の重荷がふっと取り除かれる瞬間は、まさに至福のときです
06
今後の抱負をお聞かせください。
フィリピンの政治的暴力に関する最初の著書を完成させ、その後、焦点を東南アジアの犯罪撲滅運動に移して次の本に取り組みたいと思っています。2冊目の本については急ぐつもりはなく、今後何年もかけてインドネシアとタイでの現地調査を行いながら研究の過程を味わいたいと思っています。また、ここ京都でのように、母校で数年間教えた後、フィールドワークや執筆のために一学期間どこか別の場所に滞在し研究を続ける、という働き方をこれからも続けたいと考えています。しかし、結局のところ、学者として私が最も好きなのは教えることなのです。フィリピンでは、学生たちの人生に変化をもたらすことで、私たちの国の生活にも良い影響を与えることを目指しています。そして最後に、学問の自由を守り、和平プロセスを支援する活動にも、これからも引き続き取り組んでいくつもりです。
07
なぜCSEASを選ばれたのでしょうか?
CSEAS は世界有数の東南アジア研究機関です。アジアにおける東南アジア研究コンソーシアム(SEASIA)国際会議の組織委員会のメンバーとして、また、2023年のオンライン会議「戒厳令とマルコス政権の復活」の開催などを通じて、CSEASの研究者の方々と緊密に協力してきました。フェローシップの募集を目にしたとき、私はそのチャンスに飛びつきました。私はすでに東南アジアの犯罪撲滅運動に関する研究に徐々に取り組み始めていましたが、このフェローシップのおかげで、理論的な検討をさらに深め、これまでの資料の整理をするための時間と場所を得ることができました。また、この期間を利用して、フィリピンの政治的暴力に関する最初の単著書How a Weak State Governsを含む進行中のいくつかの研究プロジェクトを完了させるか、少なくとも前進させたいと考えています。さらに CSEAS が自国で危険にさらされている研究者にとっての避難場所となっていることにも深い敬意を抱いています。そうした点からも、私が理事を務める「東南アジア学問の自由連合(Southeast Asia Coalition for Academic Freedom)」とCSEASとの連携を深めたいと考えています。
2025年2月
※ この記事の内容および意見は執筆者個人の見解であり、京都大学東南アジア地域研究研究所の公式な見解や意見を示すものではありません。
最近の出版物
Iglesias, S. 2023. Explaining the Pattern of “War on Drugs” Violence in the Philippines under Duterte. Asian Politics and Policy. https://doi.org/10.1111/aspp.12689
Iglesias, S. 2022. Violence and Impunity: Democratic Backsliding in the Philippines and the 2022 Elections. Pacific Affairs. Vol. 95, No. 3. DOI: 10.5509/2022953575
ソル・イグレシアス
フィリピン大学政治学部助教授。政治分析、比較政治学、人権と国際関係などの科目を担当している。シンガポール国立大学で東南アジア研究の博士号および政治学の修士号を取得。タフツ大学フレッチャー法律外交大学院で国際関係学の修士号、フィリピン大学で行政学の学士号を取得している。オンラインジャーナルNew Mandalaの編集諮問委員会のメンバーを務めるほか、「Women in Southeast Asian Social Sciences (WISEASS)」の共同代表でもある。
フィリピンにおける政治的暴力、フィリピンの政治および時事問題、欧州連合と東南アジアの関係における政治的条件、アジアとヨーロッパの地域主義など、幅広いテーマで多数の研究成果を発表している。現在は、民主化後のポスト独裁期における政治的暴力がどのようにして生み出されてきたのかを、中央政府と地方の相互作用に焦点を当てて分析する著書How a Weak State Governs: The Dynamics of Violence in Philippine Politicsを執筆中。
Visitor’s Voiceは、CSEASに滞在しているフェローを紹介するインタビューシリーズです。彼らの研究活動にスポットを当てながら、研究の背景にある人々やさまざまなエピソードを含めて、一問一答形式で紹介しています。


