Nasir Uddin | 京都大学 東南アジア地域研究研究所

VISITOR’S VOICE

Visitor’s Voiceは東南アジア地域研究研究所に滞在しているフェローを紹介するインタビューシリーズです。彼らの研究活動にスポットを当てながら、研究の背景にある人々やさまざまなエピソードを含めて、一問一答形式で紹介しています。

これまでのインタビュー記事一覧

Interview


強制移住、難民、人権問題


01

ご研究について教えてください。

強制移住者と難民が世界中で増加傾向にありますが、私はその原因と帰結について研究しています。国際的な法的保護の枠組みとして、人種差別撤廃条約(1965年)を筆頭に、世界人権宣言(1948年)、難民条約(1951年)とその議定書(1967年)、無国籍者の地位に関する条約(1954年)、無国籍の削減に関する条約(1961年)、市民的及び政治的権利に関する国際規約(1966年)、領域内庇護宣言(1967年)などいくつもありますが、それらは実質的な変化をもたらしていません。そのため、世界の強制移住者数は徐々に増えており、今や1億1700万人を超えています。こうした状況を踏まえ、私の研究は次のような問いに答えようとするものです。世界人権宣言から70年経っても、なぜ人権を保障されない人が今なお増えているのか。難民条約制定から70年経っても、なぜ難民が増えているのか。なぜ難民キャンプで生活する人が以前より増えているのか。無国籍の削減に関する条約の制定から60年経っても、なぜ無国籍者が増えているのか。私の研究の意図は、こうした状況が延々と続く各地の社会的力学において強制移住者と難民の日々の苦闘を理解することにあります。人々の日々の生きられた経験の中で増加する強制移住の背景にある国家、国政、国家機関の役割と機能を分析しています。難民の生活実態からのボトムアップアプローチを採用し、「責任分担」と「グローバル正義」の観点から国際的な人権施策、国際法的な枠組み、難民保護体制を批判的に検討しています。CSEASでは、バングラデシュとミャンマーの国境域で暮らすロヒンギャ難民を事例として、強制移住、難民、人権問題を取り上げます。

ディナジプールでのフィールド調査(2015年12月)
ロヒンギャ難民キャンプでのフィールド調査

02

研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。

私の考え方に影響を与えたのは、バングラデシュ・チッタゴン丘陵地帯に住む少数民族クミのある男性です。2005年に博士論文のために民族誌的調査をしていたとき、文化相対主義が書籍に記されているよりも有効に作用する方途を彼から教わりました。彼の話を要約すると、「人間が他の人間のことを研究するのは容易なことではないが、相手の熱意や喜怒哀楽などの感情に十分な敬意を払い、彼らの社会的・文化的背景を理解すれば、『別の文化』に近づける」ということです。他者の「熱意や喜怒哀楽などの感情」を尊重して理解を深めることが、文化相対主義の主要な特徴の一つとなり、また、民族誌的研究の特色の一つになるはずです。


03

研究の成果を論文や本にまとめる際の難しさをどのように克服していますか?

実証データをその背景と併せて考察する人類学の研究論文を読み、標準的な分析手法を採用すれば、研究成果を学術論文にまとめる際の難しさを克服できます。


04

調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものについて教えてください。

日々の活動や観察を詳しく書き留めておくことがフィールド調査や論文執筆に欠かせません。調査時には意味がなさそうに思えても、それが後で最も価値ある発見となることもあります。したがって、どのような経験も記録しておかねばなりません。


05

若い人におすすめの本があれば教えてください。

若い民族誌家には1920年代、1930年代、1940年代の人類学の古典を読むようにといつも言っています。そうした古典を読むことで人類学の素養の基礎を培うことができます。


06

理想の研究者像と、研究者を目指す人へのアドバイスをお願いします。

若い研究者には、「アドバイスをもらうな」と助言しています。アドバイスをもらいすぎると、自分の思考の独自性が歪みかねないからです。それよりも、文献を読み、考え、すぐれた研究者になる方法を自分で見つることをおすすめします。


07

今後の抱負をお聞かせください。

私の抱負はただ一つ、研究者としての質を高め、精力的なフィールドワーカーになり、学術論文をたくさん書くことです。

 (2023年10月)

ナシール・ウディン(Nasir Uddin)

チッタゴン大学人類学教授。The Rohingya Crisis: Human Rights Issues, Policy Concerns, and Burden Sharing(SAGE, 2021)の編著者。近著のThe Rohingya: An Ethnography of ‘Subhuman’ Life(The Oxford University Press, 2020)は、2020–2021年のICAS書籍賞の最終選考に残った。難民、強制移住、強制避難民、無国籍者、庇護希望者、キャンプ生活者、非市民に関する研究において、「サブヒューマン(人間以下)」の生活の理論家として世界的に知られている。東南アジア地域研究研究所特別客員教授として2023年8月〜11月に在籍。


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