RAYMOND, Gregory

Meet the Researcher
好きなものは何ですか?
音楽
音楽が好きです。クラシックギターを学び、バッハの曲や、スペインや南米の作曲家による曲を好んで弾いています。また、ジャズ、ロック、クレズマー(東欧ユダヤ系の伝統音楽)などさまざまなジャンルのバンドでギターを演奏したこともあります。ジャズの巨匠、なかでもコルトレーン、マイルス、セロニアス・モンクを尊敬しています。
オーストラリアン・フットボール・リーグ(AFL)
労働者階級のAFLチーム「コリングウッド(Collingwood)」の熱烈なサポーターです。私はメルボルンで育ちましたが、誰もが地元のチームを熱心に応援します。ある時期、試合にも出ていましたが、私にはあまり向いていませんでした。観戦しているとのめり込んでしまい、テレビ画面に向かって大声を上げるので、うちの猫はびっくりしています。
瞑想
20代初め、メルボルン在住のチベット人仏教徒とのワークショップで瞑想を知り、以来、毎日おこなっています。瞑想をすると、人生において何が大切かを考えることができ、思考が明晰になり、ものごとを楽観的に見ることができるようになります。
調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものは?
文字起こしソフト
最近、インタビューの文字起こしにSonixを使い始めたのですが、時間をずいぶん節約できるようになりました。AIが文字起こし技術を大きく変えつつあります。2012年に博士論文のために全てのインタビューを文字起こしした際は、時間と手間がとてもかかりました。
iPad
普段は、iPadの標準的な録音アプリでインタビューを録音しているのですが、申し分ありません。
言語スキル
タイ語は、タイ国内だけでなく、ラオスやミャンマー東部でも役立つことに気が付きました。
Interview
21世紀における世界的な民主主義の後退―メコン川流域諸国の国境を越えた力学の理解から
01
ご研究について教えてください。
私の研究はすべて、何らかの点で東南アジア、特にタイを扱っています。2019年からは、中国の「一帯一路」構想といった国境を越えたインフラが、それまでつながりのなかった国々を結びつけ、地域をどのように変えていったのかに関心をもつようになりました。その時初めて、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの5か国が、バリー・ブザン(Barry Buzan)の言葉を借りれば、一種の「地域安全保障複合体(regional security complex)」を構成しているという力学について考えました。そこで私は、カンボジアとタイで権威主義が強化され、ミャンマーでは2021年のクーデターで民主主義が後退し、ラオスとベトナムで一党独裁体制が続くなか、この地域はどう変わってきたのかを考え始めました。そして気づいたのですが、国境紛争が減る一方で、懸念すべき別のことが起きていました。それは、「国境を越えた抑圧(transnational repression)」で、ある国の反体制派が隣国で拉致されているのです。同時に世界を見渡せば、2005年ごろから民主主義社会が後退する傾向にあります。そうした考察から私は、権威主義の国際政治学というまったく新しい分野に分け入りました。これは、従来の国際関係論とも比較政治学とも違いますが、その両方の知見を取り入れているため、理論的に興味深い分野です。グローバル歴史社会学という研究分野もまた、私にとってたいへん有益な枠組みです。いかなる政治的な単位や構造も恒久的なものではないとし、思想や資本の流れが、人間の集団が互いにどのように関わりあうかについて絶え間ない進化をもたらしていると考えるからです。メコン地域に関する私の研究に話を戻すと、私は特に次の4点に関心があります。(1)権威主義体制の国々は互いの正当性をどう認め合っているのか、(2)権威主義諸国は権威主義の統治手法をどのように学習しあっているのか、(3)抑圧にどのように共謀しているのか、(4)国境を越えた非公式なネットワーク(犯罪に関わるものを含む)が国際関係にどのように影響しているのか、という内容です。
02
研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。
論文発表につながるアイデアが旅から生まれることがあります。2018年に中国南部の雲南省を旅した折に、大理市にある仏教寺院を訪ねました。その寺院が主催した地域での会議の写真が展示されているという看板を見つけ、のぞいてみると、仏教と瀾滄メコン地域の一帯一路政策(BRI)の調和をテーマとした写真展示でした。メコン川流域5カ国と、それ以外からも仏教僧を招いて、7~8回会議が開かれていました。中国共産党は無神論を掲げていますが、その一方で、国内の1億人もの仏教徒からいかにして外交的価値を引き出そうとしているのか、私は興味を持ちました。そこで、この点について詳しく調べ始めると、中国共産党のシンクタンク(中国社会科学院など)は、一帯一路政策の推進にソフトパワーをいかに利用できるか、思索を重ねていることがわかりました。中国は仏教外交を二国間でも多国間でも盛んに行っていたのです。私はこの研究を論文にまとめ、Contemporary Southeast Asia誌に発表しました。宗教と国際政治の関係について執筆した論文はこれだけですが、私の論文の中で最も読まれ、引用されている論文の1つです。そのため、このテーマについてもっと書いてほしいと依頼を受けることがありますが、私は自身を宗教学者だとは思っていませんので、丁重にお断りしています!


03
研究の成果を論文や本にまとめる際の難しさをどのように克服していますか?
良い質問ですね。執筆する度に異なる経験をしています。また、執筆は長いプロセスであり、途中で挫折したり、出版してもらえない可能性もあることを肝に銘じて書き始めるのが大事でしょう。とはいえ、割と容易に出来上がる論文もあります。落胆しない方法の一つは、その過程で起こることを楽しめばいいのです。例えば、ひらめきがふと生まれる瞬間(不都合なことにそれが真夜中だったりします)などです。また、査読者からのフィードバックを、他の研究者や理論について深く理解するチャンスだと捉えましょう。私の場合、執筆を始める際は、具体的な描写やちょっとした問いかけ、面白そうな逆説や反論から手をつけることがあります。これらは執筆や編集を終えるころには無用になっていることもあります。詰めが甘かったり、不要であったり、的外れであったりするからですが、それでも、それらのおかげで書き始めることができたのです。書き始めることができれば、もう半分は勝ったも同然です。
04
若い人におすすめの本があれば教えてください。
思考を掻き立てる本、好奇心を刺激する本を見つけることが重要だと思います。どの本がお薦めかは人によって異なるでしょう。私の場合、学部の授業で社会理論の先達3人、ウェーバー、マルクス、デュルケームについて学び、社会科学に興味をもちました。また、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーの主著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に大きな影響を受けました。あまり頻繁に読み返すことはありませんが、重要な歴史的事象を特定の理念や社会運動と関連づけており、そこに書かれていることは今でも注目に値しますし、インスピレーションを与えてくれます。そのほか、政治秩序の変遷について複数の著作のあるフランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama)、社会学者ノルベルト・エリアス(Norbert Elias)も外せません。エリアスによるドイツ人論に関する著作と、礼儀作法の変遷に関する著作は、考察の深さと豊かさに驚かされます。国際関係論研究者アイシェ・ザラコル(Ayse Zarakol)の本もぜひ読んでほしいですね。ザラコルのAfter Defeatは、日本、ロシア、トルコがそれぞれ西洋とどう対峙したかを比較しており、国際関係における「スティグマ(汚名付け、烙印を押すこと)」に関して、エリアスの考え方をたいへん効果的に引用しています。
05
なぜCSEASを選ばれたのでしょうか?
とても魅力的だったのは、CSEASには常勤・招へいを含め、東南アジア研究者が多数集まっていることです。私が所属するオーストラリア国立大学アジア太平洋学部ととてもよく似ています。CSEASの研究者と一人でも多く知り合いたいと思っています。オーストラリアと日常の雑事から離れ、京都のような楽しい町に住み、CSEASのような素晴らしい研究所で過ごすことで、思考が深まり、執筆も進むだろうと期待してもいます。6カ月間の滞在期間中に、学術論文のしっかりした草稿を1本か2本完成させることができれば嬉しいです。
(2024年7月)
※ この記事の内容および意見は執筆者個人の見解であり、京都大学東南アジア地域研究研究所の公式な見解や意見を示すものではありません。
参考文献
Elias, N. (1994). The Civilizing Process: Sociogenetic and Psychogenetic Investigations. Blackwell.(ノルベルト・エリアス著、赤井慧爾 他訳『文明化の過程(上・下巻)』法政大学出版局、2010)
Elias, N., Schröter, M., & Dunning, E. (1996). The Germans: Power Struggles and the Development of Habitus in the Nineteenth and Twentieth Centuries. Columbia University Press.(ノルベルト・エリアス著、ミヒャエル・シュレーター編、青木隆嘉訳『ドイツ人論―文明化と暴力』法政大学出版局、2015)
Fukuyama, F. (2011). The Origins of Political Order: From Prehuman Times to the French Revolution (1st ed.). Profile Books.(フランシス・フクヤマ著、会田弘継訳『政治の起源―人類以前からフランス革命まで(上・下巻)』講談社、2013)
Fukuyama, F. (2014). Political Order and Political Decay: From the Industrial Revolution to the Globalisation of Democracy (1st ed.). Profile Books. (フランシス・フクヤマ著、会田弘継訳『政治の衰退―フランス革命から民主主義の未来へ(上・下巻)』講談社、2018)
Weber, M. (2001). The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism (1st ed.). Routledge.(マックス・ウェーバー著、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波書店、1989)
Zarakol, A. (2011). After Defeat: How the East Learned to Live with the West. Cambridge University Press.
グレゴリー・レイモンド(Gregory Raymond)
オーストラリア国立大学(ANU)コーラルベル・アジア太平洋関係学部上級講師。東南アジアの政治、防衛、外交関係を研究。現在の研究では、メコン川流域諸国の権威主義のトランスナショナルな力学に着目している。タイ研究者としては、タイの政治、民軍関係、近隣諸国・中国・米国との関係についても研究している。著書にThai Military Power: A Culture of Strategic Accommodation (NIAS Press 2018)、筆頭著書にThe US-Thai Alliance and Asian International Relations: History, Memory and Current Developments (Routledge 2021)がある。Journal of Contemporary China、Contemporary Southeast Asia、South East Asia Research、the Journal of Cold War Studiesなどの学術誌に論文を発表している。ASEAN-Australia Defence Postgraduate Scholarship Program(AADPSP)の運営責任者。Asian Studies Review誌編集者。ラトローブ大学で博士号取得(政治学)、モナシュ大学で修士号取得(アジア研究)。ANU着任以前はオーストラリア政府で政策アドバイザーを務め、国防省や在バンコク・オーストラリア大使館で戦略・国際政策分野を担当した。東南アジア地域研究研究所招へい研究員として2024年7月〜2025年1月に在籍。
Visitor’s Voiceは、CSEASに滞在しているフェローを紹介するインタビューシリーズです。彼らの研究活動にスポットを当てながら、研究の背景にある人々やさまざまなエピソードを含めて、一問一答形式で紹介しています。