VISITOR’S VOICE

Visitor’s Voiceは東南アジア地域研究研究所に滞在しているフェローを紹介するインタビューシリーズです。彼らの研究活動にスポットを当てながら、研究の背景にある人々やさまざまなエピソードを含めて、一問一答形式で紹介しています。

これまでのインタビュー記事一覧

Interview


ジェンダー、エコロジー、宗教の交わりを探る


01

ご研究について教えてください。

CSEASで現在取り組んでいるのは「東南アジアのクィア・エコフェミニズム」に関する研究です。お気に入りの料理のように、ジェンダー、エコロジー、宗教という私の好きな材料が揃っています。地球の持続可能性に関心を持つ人々と、ジェンダーの多様性を尊重する人々、そしてイスラム教、キリスト教、仏教、儒教など、さまざまな信仰の視点から同じような考えを持つ人々とのつながりを模索できることを楽しみにしています。


02

研究テーマはいくつありますか?

気候正義とジェンダー正義の接点に焦点を当てて研究を行っており、この2つが大きな研究テーマです。気候正義とは、気候変動によってより大きな影響を受ける人々がいることを認識し、この問題に取り組むには人道的な配慮がなされるべきで、貧困層や弱者など周縁部にいる人々に働きかける必要があるということです。ジェンダー正義とは、性的指向、性自認、性表現、性的特徴を理由に疎外されている人々(例えば、家庭で粗末な扱いを受けたり、学校でのいじめや社会や職場での嫌がらせを受けている人々)を対象としています。


03

研究テーマを面白いと思ったのはなぜですか?

この研究は単に興味深いだけでなく、実に魅力的であり、インスピレーションと癒しを与えてくれると感じています。世界の多くは、国連が定めた17の「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現に注力しています。しかし、持続可能な生活を送るだけでなく、高い倫理観を持って暮らすことで、日々の暮らしが地球に溶け込んでいる人たちは大勢いるのです。関連書籍を読むことで、菜食主義や動物愛護の実践など、さまざまなインスピレーションを受けることができます。


04

研究の道に進むきっかけや、今のご研究に至った経緯について教えてください。

以前、カトリックの伝統的な信仰である環境神学について研究した際、地球とその資源、そしてそこに住むすべての人への配慮を呼びかけることから「緑の回勅」とも呼ばれるローマ教皇フランシスコの回勅『ラウダート・シ』を批判的に分析したことがきっかけとなりました。キリスト教的な考え方の欠点は、人間を他の生物よりも優れた存在として生態系の中心に置くことにあることを、その研究で指摘しました。そして、そのことが生態系に大きなダメージを与え、そのほとんどが修復不可能となっているのです。現在取り組んでいる研究では、他の宗教、例えば仏教に目を向けています。仏教では、すべての衆生と非衆生の間にあるつながりを重んじています。


05

研究の成果を論文や本にまとめるまでの苦労や工夫をお聞かせください。

収集した貴重なデータをうまくまとめるのは、苦労というよりむしろ挑戦です。これには、専門家による過去の研究成果(文献レビュー)、自分自身が収集したデータ(例:綿密なインタビューや統計)、そしてデータをどのように意味づけ、解釈するか(データ分析)などが該当します。研究対象者が自らが生きる現実をどのように認識しているかを明らかにしたいので、特に最後のプロセスは重要です。フルタイムの研究者は、博士課程の学生のように研究に没頭する時間と場所を確保することはなかなか難しいのが現状ですから、サバティカル(研究休暇)中の私にとって、CSEASでのこの時間はかけがえのない貴重なものです。


06

研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。

フェミニスト神学者のエリザベス・S・フィオレンツァ(Elisabeth S. Fiorenza)やクオック・プイ・ラン(Kwok Pui Lan)といった「重鎮」と直に会うことができたのは、私にとって大きな収穫でした。


07

影響を受けた本や人物について教えてください。

モナシュ大学マレーシア校で開催されたEWA9会議にて、フランソワーズ・ボステールス(Francoise Bosteels)による聖書の場面を再現した人形の展示

アジアに住むフェミニストでありカトリック教徒でもある女性神学者のグループに出会ったとき、私は故郷に帰ってきたような気持ちになりました。そのグループは「アジア女性のエクレシア(Ecclesia of Women in Asia: EWA)」という名称で活動しています。2年に一度、国際会議を開催し、選ばれた論文が出版されます。アジアのフェミニスト神学者の意見が取り上げられることは少ないですが、それを補う役目を果たしていると言えます。私自身を含めたこのようなフェミニストたちから常にインスピレーションを受けています。


08

理想の研究者像とは?

私にとって理想の研究者とは、私たちを取り巻く世界に対して畏敬の念と驚きを持ち続けられる人です。そして、特に重要なことは、社会的正義を強く意識している人です。もともと英文学の学生として亡き詩人の研究をしていたのですが、ジェンダーと宗教学の研究者として活きた物語へと旅を進める中で、そちらの方により意義を見出すようになったのです。


09

調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものについて教えてください。

レコーダーと傘です。後者を持たずに家を出ることはありません!


10

若い人におすすめの本があれば教えてください。

おすすめの本はたくさんありすぎて、とても紹介しきれません!一番に思い浮かぶのは、フェミニストやクィア神学者による神学に関する書物ですが、そのような書物を執筆するには度胸が必要です。これらの書物は、教会の内と外の両方に構造的な不公平さが存在するのはなぜなのかを問うものです。アグネス・ブラザール(Agnes Brazal)、クオック・プイ・ラン(Kwok Pui Lan)、またジョセフ・N・ゴー(Joseph N. Goh)の著作などが挙げられます。


11

研究者を目指す人へメッセージをお願いします。

自分の心に従うこと。そして、(学問の世界で)勝負をかけるべきときと、そうでないときを知っておくことです。


12

今後の抱負をお聞かせください。

幸いなことに、私はすでに研究者としての夢をいくつか実現することができました。私が模範とし、参考にする研究者から、研究成果を認めていただくこともできました。博士課程を修了して20年経った現在、私は多数の著作を生み出し、学部生や大学院生に自分の人生において何か有意義なことをするよう啓発してきたつもりです。

 (2023年1月)

シャロン・ボン(Sharon Bong)

モナシュ大学マレーシア校人文社会科学部ジェンダー学教授。著書にBecoming Queer and Religious in Malaysia and Singapore(2020)、共編著にGender and Sexuality Justice in Asia(2020)などがある。アジアのフェミニスト・カトリック女性神学者の学術フォーラム「アジア女性のエクレシア(Ecclesia of Women in Asia)」元顧問兼コーディネーター、「世界教会におけるカトリック神学倫理(Catholic Theological Ethics in the World Church)」ライター(エコロジー倫理、性倫理、ポストコロニアル理論、LGBTQ神学について)、神学の国際学術誌Concilium(コンシリウム)編集委員・理事会委員を務める。京都大学東南アジア地域研究研究所招へい研究員として2023年1月-3月に在籍。


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