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Interview
インドネシアにおけるISISの系譜を理解する
01
ご研究について教えてください。
私はインドネシアにおけるISIS(イラク・シリア・イスラーム国家)の系譜を研究しています。ISISは今日、最も危険な国際的テロ組織です。ISISがシリアで「イスラーム国家」の樹立を宣言した際には、数千のインドネシア人が支援の声をあげました。2014年から2016年にかけて、2000人近いインドネシア人がシリアとイラクでこのテロ組織に加わろうとしたと推定されています。さらに、インドネシア国内のISIS支持者は2016年から2022年にかけて、国内で50回以上のテロ攻撃を行ないました。そのため、なぜISISは比較的強固にインドネシアに根付いているのかという疑問が生じました。
ISISのイデオロギーは、ISISが生まれるずっと前にインドネシアに入っていました。公式のISISイデオロギーは、タウヒード・ワル・ジハード(tauhid wal jihad)と呼ばれる武装集団の教えです。このイデオロギーは、ある聖職者によってインドネシアに伝えられ、2000年代初めに広まりました。そして、イスラームの終末思想と結びつくと、ますます支持を集めるようになりました。終末思想の広まりとともに、ISISを受け入れる下地がつくられました。このイデオロギーはポストISISの過激派の動静にも影響を与え続けるでしょう。
本研究では、インドネシアにおけるISISイデオロギーとタウヒード・ワル・ジハード集団の動向をたどります。このイデオロギーはどのようにしてインドネシアに伝わったのか。この集団はどのように拡大しているのか、そして主要人物は誰か。この集団とインドネシアの他のテロ集団はどのような関係にあるのか。この集団は何をもたらし、インドネシアのテロ事情をどう変えたのか。ISISがシリアとイラクで崩壊した後、インドネシアのISIS支持集団はどうなるのか。本研究はこれらの問いに答えようとするものです。
02
研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください
この研究できわめて興味深いことの一つは、過激派にインタビューすることですが、彼らの言葉に驚かされることがよくあります。あるとき、ISISの国外追放者、つまり、シリアに移住しようとしたがトルコで逮捕され、インドネシアに強制送還されたISIS支持者にインタビューをしました。当時、シリアは世界でも最悪の内戦下にあったにもかかわらず、彼らは家族を連れ、家財道具をすべて売り払ってシリアに移住しようとしたと聞いて驚きました。シリアで武力紛争が起きてから2022年までに20万6887人の民間人が殺害され、人口1600万人のうち約540万人が難民となって周辺諸国で暮らしていると推定されています。比較的平穏なインドネシアを離れて、なぜそうした紛争地域に行こうとするのかと尋ねると、「私たちがシリアに行きたいのは、救世主の元に行きたいからです」という答えが返ってきました。イスラームの終末思想では、この世の終わりに救世主がシリアに現れると信じられており、すべてのムスリムは救世主と共にあるべきだと考えられています。過激派に接すると、彼らの過激思想への傾倒と常識を超えた行動にいつも驚かされます。
過激派のイデオロギーを研究することも、テロリズム研究において非常に興味深いことです。なぜなら、テロ行為は、実行者が固く信じるイデオロギーを表している場合が多いからです。過激派のイデオロギーを理解することで、彼らの行為の動機を理解することができます。最近の例として、2022年12月にバンドンで起きた自爆テロ事件があります。実行犯は服役経験のある元テロリストであり、出所後は、家族を持つことができず、さまざまな経済的困難を抱えていました。彼が警察署に侵入して自爆することを選んだのは、そうすれば生活苦から解放され、天国に行き天使と結婚できると信じていたからです(過激派のイデオロギーでは、彼らの敵に対してテロ行為を成す者は天国で報われ、72人の天使と結婚できるとされています)。
03
研究の成果を論文や本にまとめる際の難しさをどのように克服していますか?
私にとって、本を執筆する際の最大の難題は、書くべきことをいかに取捨選択するかです。フィールド調査で詳細なデータが大量に得られると、それを全部盛り込みたくなります。詳細な情報を必要としない読者に向けて本を書いているのだということを忘れがちです。自分のためではなく、読者のために書いていることを常に心に留めておく必要があります。ですから書く時はいつも、この情報は読者にとって重要かと自分に問いかけます。かつて先輩から、「執着を手放せ(Kill your darling)」と言われたことがあります。つまり、自分にとっていかに大切な情報であっても、読者に関係のないことであれば削りなさい、ということです。それがいちばん難しいところです。
04
若い人におすすめの本があれば教えてください。
9.11以降、テロリズム研究が盛んになりました。何冊も本が出版されましたが、本当に役立つものを1冊選ぶのはとても難しいです。とはいえ、テロリズム研究に関心のある若い研究者におすすめの本が2冊あります。ルイーズ・リチャードソン(Louise Richardson)著What Terrorists Want: Understanding the Enemy, Containing the Threatと、マーサ・クレンショー(Martha Crenshaw)著Explaining Terrorism: Causes, Processes, and Consequencesです。この2冊を読めば、テロリズムとは何かを包括的に知ることができます。著者は2人ともテロリズム研究のパイオニアです。
05
理想の研究者像と、研究者を目指す人へのアドバイスをお願いします。
私の経験から言えば、紛争やテロリズムの研究者がつねに心掛けるべきことが3つあります。第1は、調査スキルを磨くことです。私自身は、調査報道に携わる中でスキルを学び、その後のフィールド調査に活かしました。第2は、感情をコントロールすることです。恐怖、怠惰などさまざまな感情を制御できるよう自分を訓練する必要があります。これがいちばん難しいです。第3は、つねにオープンマインドであること、フィールド調査の結果を受けとめる準備をしておくことです。調査結果が先行研究と一致しないこともよくあるからです。
06
今後の抱負をお聞かせください。
現在の研究をもとに、拙著The Roots of Terrorism in Indonesiaの第2巻を執筆する予定です。第1巻では、インドネシアのテロリズムの起源をダルル・イスラーム(Darul Islam)運動に探り、スハルト政権の崩壊とその後の「改革(Reformation)」が2002年のバリ爆弾テロ事件を生む素地をいかに形成したかを詳述しています。第2巻では2002年から現在までを取り上げます。将来的には第3巻も執筆する予定で、この3部作が、インドネシアのテロリズムを研究する人々にとっての参考文献になることを願っています。
(2023年7月)
※ この記事の内容および意見は執筆者個人の見解であり、京都大学東南アジア地域研究研究所の公式な見解や意見を示すものではありません。
参考文献
Richardson, Louise. 2006. What Terrorists Want: Understanding the Enemy, Containing the Threat. New York: Random House.
Crenshaw, Martha. 2011. Explaining Terrorism: Causes, Processes and Consequences. London: Routledge.
Solahudin. 2013. The Roots of Terrorism in Indonesia: From Darul Islam to Jema’ah Islamiyah. Ithaca: Cornell University Press.
ソラフディン(Solahudin)
インドネシアにおけるジハード運動を10年以上研究。著書にThe Roots of Terrorism in Indonesia(Cornell University Press, 2013)がある。2001年から2003年まで独立ジャーナリスト同盟(Alliance of Independent Journalists: AJI)事務局長を務めるなど、ジャーナリストおよび報道の自由活動家として活躍。2001年には自由パプア運動(Organisasi Papua Merdeka: OPM)に拘束されたベルギー人ジャーナリスト2名の解放を仲介。また、2004年には自由アチェ運動(Gerakan Aceh Merdeka: GAM)に拘束されたインドネシア人ジャーナリストの解放交渉の仲介メンバーとしても活躍した。東南アジア地域研究研究所招へい研究員として2023年7月〜12月に在籍。
Visitor’s Voiceは、CSEASに滞在しているフェローを紹介するインタビューシリーズです。彼らの研究活動にスポットを当てながら、研究の背景にある人々やさまざまなエピソードを含めて、一問一答形式で紹介しています。