VISITOR’S VOICE

Visitor’s Voiceは東南アジア地域研究研究所に滞在しているフェローを紹介するインタビューシリーズです。彼らの研究活動にスポットを当てながら、研究の背景にある人々やさまざまなエピソードを含めて、一問一答形式で紹介しています。

これまでのインタビュー記事一覧

Interview with タニア・リー »

トロント大学
社会文化人類学(インドネシア、東南アジア)

Interview


プランテーションの今


01

ご研究について教えてください。

この10年間、私はグローバルサウスにおける特権的な生産形態として、大規模な単一作物のプランテーションが再び台頭している状況を調査してきました。企業、政府、開発機関は、プランテーション生産によって土地と労働力を効率的に利用することができ、農村部に雇用と開発を生み出し、政府にも収益と外貨をもたらす、などと主張してプランテーションの拡大を推進しています。拡大推進派の主張は耳にタコができるほどですが、プランテーションが盛んな地域で得られた実証的証拠を見ても、これらの主張を裏付けるようなものは驚くほど少ないのが現実です。

2010年から15年にかけて、私はガジャマダ大学のプジョー・セメディ(Pujo Semedi)博士と学生たちの研究チームとともに、インドネシア西カリマンタン州において、アブラヤシ農園がもたらす社会的、政治的、経済的影響に関する詳細な民族誌調査を実施しました。そして、プランテーションの存在によって利益を得る者がいる一方で、ひどく疎外されている者もいることを明らかにしました。今回、京都で招へい研究員として滞在している間は、研究の翻訳に専念するつもりです。具体的には、短い論文、ブログ、ポッドキャスト、映像メディアなど、さまざまな形式の翻訳に取り組むことを計画しています。そして学術界を越えた人々にアプローチし、私たちの研究が公共政策や活動に貢献することを目標としています。


02

研究の道に進むきっかけや、今のご研究に至った経緯について教えてください。

私は常に、人々が往々にして困難な状況の中で、どのようにして生計を立て、有意義な生活を築いているのかを探ることに関心を向けてきました。アブラヤシ農園に興味を持ったのは、シンガポールに住んでいた10代の頃でした。ジョホール州では村々やゴム農家の間を旧道が縫うように通っていて、早朝には自転車に乗ったゴムの収穫作業員や登校中の子供たち、朝食に立ち寄るコーヒースタンドなど、生活感に満ち満ちた光景を目にしたのを覚えています。しかし新しい高速道路ができてから、風景は一変しました。周囲はアブラヤシばかりになり、暗く陰鬱な雰囲気が漂うようになりました。その幼いころの経験から、「どうしてプランテーションができたのだろう?プランテーションができる前は何があったのだろう?ヤシの木に覆い隠された人目につかない場所で、どのような人々が働き、どのような生活を送っているのだろう?」という疑問が湧いてきました。

1989年から92年にかけてのポスドク時代から、インドネシアの高地と内陸部における農村開発に焦点を当てた研究を行ってきました。1990年から2009年にかけては、スラウェシ島の土着の農家で、収入の改善を期待してカカオ栽培を始めた人々を対象に長期調査を行いました。その時の成果をLand’s End: Capitalist Relations on an Indigenous Frontier(2014年)にまとめました。そして2010年、私はアブラヤシ農園に関する研究を始めました。この生産形態がインドネシアで大規模に拡大し、何百万人もの人々の生活を変えていることを知ったからです。ガジャマダ大学のプジョー・セメディ博士と約100名の学生とともに、アブラヤシが生い茂り、プランテーション企業に占有された環境の中で、人々が生活することの意味を探りました。そして、このような研究はそれまであまりなされてこなかったことがわかりました。これまでにも、土地が単一作物のアブラヤシに変わることによって失われたもの(森林、生物多様性、慣習地へのアクセス、農家世帯の多様性など)については多くの研究がなされてきましたが、私たちは、プランテーションが作り出した新しい生活様式について研究したいと思いました。そして私たちは、その成果をPlantation Life: Corporate Occupation in Indonesia’s Oil Palm Zone(2021年)として出版しました。

アブラヤシ農園に囲まれた西カリマンタン州のマレー系集落にて。この村では、米やゴムなどの作物を植える土地がなくなってしまった。

03

研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。

私の専門分野である社会文化人類学のフィールドリサーチでは、研究者は調査相手のことを知り、共に時間を過ごし、彼らから学び、多くの会話を交わす機会があります。当然のことながら、私はとりわけ、思いやりがあり、自分の意見や考えを積極的に話してくれる人に惹かれます。一例を挙げると、プランテーションでの調査中、ある移住農家の男性がある日、私を座らせてこう言いました。「タニア、君はここに来て1カ月になるが、ここで何が起きているかを本当に理解しているだろうか。私にも説明をさせてくれ。」そして彼は、プランテーションのシステムのあらゆる面について鋭い分析をしながら、さまざまな関係者がそれぞれの立場を利用して、いかに不正に利益を得ているかを説明してくれたのです。私はこの男性から教わっただけでなく、私が不快に感じたプランテーションでの生活、たとえば頻発する窃盗や略奪が、彼にとっても不快なものであり、それゆえ彼が長年にわたってその意味を理解しようと努力してきたことを知りました。その男性がプランテーションを「マフィアのシステム」と呼ぶほど、略奪は珍しいことではなく、構造化された、日常的なものだったのです。これまで私が読んだ本の中には、これほど独創的で力強い分析は見当たりませんでした。こんな風に農家の人たちと会話ができるのですから、フィールドワークが楽しくないわけはありません。

知識を共有してくれる移住農家の男性と

04

理想の研究者像とは?

好奇心は研究者にとって不可欠なものですが、私が理想とするのは、私たちが投げかける問いと分析が持つ潜在的な影響力を、その好奇心と両立させることです。その問いは誰にとって意味があるのか。人類学では、このような研究を「関与(engaged)」人類学と呼び、人々の生活に関連した問題に取り組むことを意味します。「関与(engagement)」は、すべての分野で通用する基準ではありませんが、私にとっては指針の役割を果たしてくれています。そうすることで、土地、労働、開発、環境、不平等などの問題に取り組む多くの分野の研究者と意見を交わすことができました。また、社会運動の活動家たちとの協力関係の基盤も築くことができました。スラウェシ島のNGOの共同研究者たちとは役割分担がうまくできていて、一緒に調査を行い、その結果をそれぞれの方法でまとめ、それぞれの目的で活用しています。私は研究成果を元に学術論文を執筆し、共同研究者たちは調査で得た知見をマスメディアを通じて発信したり、地域に直接働きかけることによって、変革を図っています。外国の研究者が直接地域の政治に関与することは適切ではありませんが、共同研究を行うことで、研究の成果をさまざまに活用することができます。この研究を、The Will to Improve: Governmentality, Development, and the Practice of Politics(2007年)として出版しました。インドネシアの活動家アリアント・サンガジ(Arianto Sangaji)との共著論文は、こちらでご覧いただけます。私にとってのもう一つの関与は、私が何を研究してきたかを現地の人々に知ってもらうために、研究成果をインドネシア語に翻訳することです。翻訳には時間と費用もかかりますが、倫理的にも重要な取り組みだと思います。また、自分のウェブサイトからすべての研究に無料でアクセスできるように心がけています。


05

調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものについて教えてください。

ユーモアのセンスと良き仲間たちです。プジョー・セメディと一緒に研究を行い、本の執筆に取り組んだのは、とても楽しい時間でした。お互いの考えを交換しあうのは大変な作業でしたが、とてもやりがいのあるものでした。研究や執筆は非常に孤独な作業であり、困難の連続のように思えることがあります。たとえ個人でプロジェクトを進めていたとしても、実務的な、また精神的なサポートをしてくれたり、アイデアの相談相手になってくれるような同志がいることはとても重要だと思います。

プジョー・セメディとの共同執筆の様子


 (2023年2月)

タニア・リー(Tania Li)

トロント大学人類学教授。土地、労働、階級、資本主義、開発、資源、土着性をテーマに、特にインドネシアを中心に研究している。最新著書Plantation Life: Corporate Occupation in Indonesia’s Oil Palm Zone(Duke University Press, 2021)は、プジョー・セメディ(ガジャマダ大学)との共著である。京都大学東南アジア地域研究研究所招へい研究員として2023年2月-7月に在籍。


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