VISITOR’S VOICE

Visitor’s Voiceは東南アジア地域研究研究所に滞在しているフェローを紹介するインタビューシリーズです。彼らの研究活動にスポットを当てながら、研究の背景にある人々やさまざまなエピソードを含めて、一問一答形式で紹介しています。

これまでのインタビュー記事一覧

Interview


東南アジアの華人


01

ご研究について教えてください。

人類学者というのは、結局のところ自分自身について学んでいるのです。私は東南アジアの華人について学んでいます。華人の宗教に興味を持ち、最初は華人の死者儀礼の研究に取り組みました。中国本土でのフィールドリサーチがまだ多くの人にとって困難だったこともあり、東南アジアの華人による儀礼の営みに関心を持つようになりました。儀礼の営みは中国のものとどのような共通点があるのか、あるいは違いはあるのか。シンガポールの都市部における近代化・工業化が、華人の伝統的な儀礼にどのような影響を及ぼしているのか。華人の宗教に対する私の関心は、シンガポールにおける宗教的変容の比較研究にも広がっていきました。なぜ多くの華人がキリスト教に改宗するのか、道教と仏教という中国の宗教の信者がともに減少したことをどう説明すべきか、あるいはキリスト教徒以外では、なぜ華人の若者の多くが無宗教を主張するのかなど、様々な問いが生まれました。そして、アイデンティティや民族形成における宗教の役割に関心を持つようになりました。東南アジアの華人とは誰であり、そして何者なのか。このテーマで東南アジア7カ国の華人について調査し、多文化主義の台頭を検証するという20年にわたる研究がスタートしました。華人の宗教とアイデンティティに関する自分なりのアイデアが出尽くしたところで、次に華人のビジネスネットワークとその制度的基盤の研究に焦点を移しました。この研究では、華人の経済活動における個人主義と家父長主義、またguanxixinyong[1]の関係に焦点を当てました。そして、華人のビジネスについても語るべきことがなくなると、私の研究の旅は、現在のテーマである東南アジアの新宗教へと戻ってきました。この研究は、現代社会における宗教と世俗性、スピリチュアリティ、モダニティの関係を理解することを目的としています。シンガポール、マレーシア、台湾、香港、日本など、アジア各地でのフィールドワークに基づき、現代社会における人間の行動や社会関係を理解するための新たな人文知のアプローチを創り出そうとするものです。


02

研究の成果を論文や本にまとめる際の難しさをどのように克服していますか?

ライターズ・ブロックやタバコなど、言い訳や気晴らしは、ほとんどとは言わないまでも、多くの学者にとって日常の一部となっています。書くことは大変なことですから、書くこと以外のことをついしてしまう人も多いでしょう。コーネル大学で博士論文を執筆していたとき、(手持ちのペンの使い勝手が悪いからと)ペンを買ったり、(使っているノートの紙質が粗かったり滑らかすぎたり、行間が狭かったり広すぎたりするからと)ノートを買ったり、友人に手紙を書くことに執着していたことを思い出します。博論執筆以外のことなら何でもよかったのです。現在、私は博士課程に進む若手研究者を含め、多くの方の相談に乗っています。学問的な興味、研究課題の見つけ方、フィールドワークの進め方など、さまざまな課題について話した後、私は次のようにアドバイスしています。執筆のための場所を確保してください。書くことだけを目的とした机を用意し、そこではそれ以外のことをしないのです。書く時間を決めてください。1週間のうち、何日でも何時間でも、執筆に専念する時間を決めるのです。机にはきちんと座ってください。たとえ書けなくても、決めた時間内は机の前にいることです。執筆用のメモ帳を持ってください。いつどこで閃くかわかりませんから、馬鹿げていると思えても、常にアイデアを書き留めるためのメモ帳を持ち歩くことです。メモ帳は毎晩枕元に置いてください。最高のアイデアも最悪のアイデアも、ベッドの中で思い浮かぶことが多いからです。そして最後に、明確な目標とスケジュールを設定することです。例えば、毎年書き上げる論文の数とそれを仕上げるまでの期間を明確にしましょう。自転車競技と同じく、苦しみと疲労を伴う学術研究を続けるためには、鍛錬と覚悟、そして情熱が必要なのです。


03

若い人におすすめの本があれば教えてください。

これから博士号取得を目指す学生や、初めての本を書き上げようとしている若手研究者には、デイビット・スタンバーグ(David Sternberg)のHow to Complete and Survive a Doctoral Dissertationをお勧めします。特に参考になったのは、「論文を完成させたいのなら、妻や家族のことは忘れなさい」というアドバイスです。また、最近の若手研究者には、社会学の古典に親しむことを勧めたいですね。私は大学院生時代、ウェーバー『経済と社会』全2巻、デュルケーム『自殺論』、マルクス『資本論』などの古典を一通り読むことを課せられました。大変な作業でしたが、これらは社会学的理解の基礎を築いたものであり、最近の社会学の議論を解釈するために欠かせないものだと感じています。古典の中でもより最近のものでは、Outline of a Theory of Practiceや『ディスタンクシオン』など、ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)の著作が最も参考となると思います。


04

理想の研究者像と、研究者を目指す人へのアドバイスをお願いします。

博士号を取得した後、帰国するまでの長時間のフライトの途上で、自分はどんな研究者になりたいかを考えていました。私はどの教師のようになりたいだろう。研究室で黙々と学術研究と論文出版に集中し、学内政治には無関心な「純粋な」研究者になりたいのだろうか。昇進は自ずと決まるものであるし、そうでなくともどうでもよいことと思えるような。あるいは大学運営に積極的に関わり、アカデミック・ヒエラルキーを駆け上がり、学術政策を決定し、学部や大学の発展の一翼を担いたいのだろうか。それとも、ただ学術研究に専念するだけでなく、応用研究にまで踏み込んで、公共政策に影響を与え、知識人としての役割を果たしたいのだろうか。私のキャリアは思い描いた通りにはならなかったのですが、この日決意したのは、その意義や有用性にかかわらず、知識を追求し創造する研究者であること、つまり、ひたむきに学究生活を送ることでした。

ロードサイクリングが好きで、週末は遠出をして楽しんでいます。


 (2023年3月)

Note


[1] Guanxi(关系)は関係、または関係すること、xinyong(信用)は信頼、または信頼性と大まかに翻訳することができる。


トン・チー・キョン(Tong Chee Kiong)

国際哲学・人文学会議(CIPSH)チェアプロフェッサー。ブルネイ・ダルサラーム大学アジア研究所所長・教授、シンガポール国立大学人文社会科学部学部長などを歴任。主な研究テーマは、東南アジアの華人、比較宗教、アジアのビジネス・ネットワーク。著書にChinese Death Rituals(Routledge、2004)、Rationalizing Religion(Brill、 2007)、Identity and Ethnic Relations in Southeast Asia(Springer、 2010)、Chinese Business(Springer、2014)などがある。British Journal of SociologyInternational Migration ReviewAsian EthnicitiesDiasporaInternational SociologyJournal of Asian Businessにも論文を発表している。京都大学東南アジア地域研究研究所招へい研究員として2023年4月-6月に在籍。


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