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ウィリアム・ウォーマック


つながる世界で書くこと


ご研究について教えてください。

京都に滞在中、博士論文の出版にむけて、論文の見直しを行っています。当初の研究は、植民地時代にビルマのスゴー・カレン文字とポー・カレン文字に取り入れられた複数の文字系統に焦点を当てたものでした。1830年代にアメリカのバプティスト教会の宣教師によって考案されたスゴー・カレン文字の重要性と、バプティスト教会の組織が後にカレンの人々の政治的アイデンティティの形成に与えた影響については、これまで多くの研究者が論じてきました。また、このことが民族的な分類や方言分類を強化させることにつながったと指摘する研究者もいます。しかし私は、スゴー・カレン語が発展した後も、他の多くの文字系統が生まれ、そのうちのいくつかは互いに競合しあう関係にあったということに興味を持ちました。そこで博士論文では、これらの文字にまつわる歴史を紐解き、(英語を話すバプティスト、モン人やビルマ人、カレン語を話す仏教徒、ヨーロッパのカトリック教徒などの)宗教的アイデンティティと結びついた書き言葉の伝統の中に、重層的な読み書きのネットワークとしてそれらを描き出すことを試みました。読み書きの政治、宗教における植民地支配の影響、カレン族の歴史、そして社会的ネットワークの描写に関する研究は、私が論文を執筆してからさらに発展を遂げています。そこで私は、これらの新しい考えを自分の分析に統合しようと試みています。

研究テーマはいくつありますか?

たくさんあります。カレン文字に関する論文の出版に一区切りがついたら、他のプロジェクトに取り組むつもりです。概して、私は地理的な空間や国家のカテゴリーを超えた歴史的なつながりに興味があります。特に、19世紀の人々が新たな方法で世界とのつながりを経験した過程や、その結果どのような変化が起きたのかに興味があります。これはひとつの大きなテーマかもしれませんが、それに関連するさまざまな分野に興味があるのです。

その研究テーマの面白さはどこにありますか?

歴史家の多くは書物愛好家だと思います。本や書かれたものへのこだわりは、その好みが表れたものでしょう。ミャンマーにも骨董品や本を愛する文化が根づいていて、私にとっては興味深い場所です。さらに言えば、ミャンマーは歴史に対する感覚が極めて発達している国だと思います。それには良い側面もあれば、悪い側面もあります。歴史をめぐる対立が、紛争を助長することは明らかです。ロヒンギャの強制移住は、まさにその一例です。もちろん、これはミャンマーや特定の場所に限ったことではなく、世界中で起こっていることです。ですから、歴史的な言説が人間の意思決定にどのように影響を与え、またそれを正当化するために利用されているかを明らかにすることは、興味深いだけでなく、非常に意義のあることだと考えています。

研究の道に進むきっかけや、今のご研究に至った経緯について教えてください。

最初は、ミャンマーの少数民族による武装闘争の背景を知りたいと思ったんです。私がこの闘争を意識するようになったのは、大学卒業後にタイとミャンマーの国境を訪れたときです。カレン族の難民キャンプにボランティア教師として一学期の間中ずっと滞在することになりました。19世紀のビルマのカレン族について論じたものは、それほど多くないことに気づきました。そのほとんどは、宣教師の活動における彼らの関与に関するものでした。それについては記録がしっかり残っているからです。しかしその多くは外国人宣教師や植民地政府の関係者を中心に論じられており、「カレン族」はその中ではわき役でしかありませんでした。そこで私は、教会や植民地政府、コンバウン朝ビルマとその周辺部という地域的背景を軽視することなく、当事者としてのカレン族に焦点を当てながら、その時代の歴史を捉え直す方法を見出したいと思ったのです。

研究の成果を論文や本にまとめるまでの苦労や工夫をお聞かせください。

研究は楽しいですし、書くという作業も好きです。しかし、推敲や編集をするモチベーションを見つけるのは簡単なことではありません。日常生活では、より緊急性の高い事柄に忙殺され、研究が脇に追いやられてしまうのです。だからこそ、研究に集中するための場所と時間があると助かります。CSEASはそのための良い場所であり、私を招待してくださった速水先生と研究所の皆さんに感謝しています。

研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください

私は幸運にも、博士課程での研究期間中、何度も旅をすることができました。調査でたどる事象のネットワークは私を世界各地に導いていったため、ロンドン、マンダレー、モーラミャイン、アップステート・ニューヨークなどの図書館や公文書館に出向くことができました。最も鮮明に覚えているのは、調査対象者が住んでいた場所、つまり彼らも目にしたであろう風景です。キャッツキル山地を車で走っているときに、目の前を横切っていったツキノワグマが印象に残っています。その時私はニューヨーク州のハミルトンに向かう途中でした。1830年代にアメリカで初めてビルマ語とスゴー・カレン語がバプティスト派の宣教師に教えられた場所です。それらの言語を教えていた教師は、米国に渡った最初のミャンマー人であったと思われます。世界初の東南アジア研究の客員研究者とさえ言えるかもしれません。ひょっとすると、彼らも同じ場所で、私が見た熊のご先祖さまに出会っていたかもしれません。

もう一つ印象に残っているのは、ヤンゴンからマンダレーに向かう夜行列車の窓から見た風景です。サトウキビを積んだ木製の牛車が、早朝の靄の中から畑を横切ってくるのが見えました。後方から朝日が射してくると、さらに多くの牛車が姿を現しました。そして、ある駅で停車すると、線路の脇で何十台もの牛車が荷下ろしを始めました。その一瞬一瞬が、100年以上前に描かれた絵画のように見えました。また、パリ外国宣教会の資料館で文書に目を通していた時のことです。向かいの窓からは、エッフェル塔とアンヴァリッドの黄金のドームが、神学校の回廊にある庭の上に見えました。ビルマに伝道に来たカトリックの神父たちも、ビルマの仏塔の黄金のドームやティ(hti、ビルマ語で傘の意味で仏塔の上にある装飾のこと)を見たとき、同じような光景を思い出したのではないでしょうか。これらは、私が読む文献の背景にある地をリアルに感じさせてくれるような情景でした。

影響を受けた本や人物について教えてください。

考え方に影響を受けた人物はたくさんいますが、あえて一人を選ぶとすれば、リチャード・オコナー教授でしょう。学部生時代に教授の人類学入門コースを受講し、その後、東南アジアの講義を受講しました。この講義で初めてこの地域に興味を持ち、さらに詳しく知りたいと思うようになりました。また、教授から、東南アジア研究夏期集中講座(SSEASSI)について教えらもらい、そこでビルマ語を勉強するようになりました。修士論文を書き終えた後、教授の著作を何篇も読んだのですが、初めて読んだ論文にもかかわらず、妙に親しみを感じました。そして、自分の考えだと思っていたことが、実は彼の授業で学んだものであったことに気付き、驚かされたことを覚えています。
歴史研究の方法論について影響を受けた本に、ウィリアム・ロフの『マレー・ナショナリズムの起源(The Origins of Malay Nationalism)』があります。世界的な知的交流のネットワークにおける人々、出版物、そして思想の相互作用に意識を向けさせてくれた本です。私は今でもその観点から考えを巡らせているのだと思います。

調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものについて教えてください。

コーヒー、地図、メモ帳です。Zoteroもとても便利です。

 若い人におすすめの本があれば教えてください。

私のお気に入りの歴史書は、トム・スタンデージの『歴史を変えた6つの飲み物A History of the World in Six Glasses)』です。世界各地の歴史が、読みやすく、また人々が身近に感じられるような日常にある事柄を軸に描かれています。 アカデミックライティングの上達を目指す学生には、グラフとビルケンシュタインの『彼らは言う、私は言うThey Say / I Say)』をお勧めします。

今後の抱負をお聞かせください。

自分の論文で紹介している歴史的なネットワークを視覚化するための、効果的な方法を模索したいと考えています。デジタルツールはどんどん開発されていますが、複雑さを十分に再現できるようなものはまだ見つかっていません。今後の抱負は、技術が私の想像力に追いつくまで待つか、もしくは、先にそれを実現する方法を見つけることです。

(2022年8月)

参考文献


Roff, William R. 1968. The Origins of Malay Nationalism. New Haven: Yale University Press.

Standage, Tom. 2006. A History of the World in Six Glasses. New York: Walker Publishing Company. (トム・スタンデージ、新井崇嗣訳『歴史を変えた6つの飲物―ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語るもうひとつの世界史』楽工社、2017年)

Graff, Gerald and Cathy Birkenstein. 2021. They Say/ I Say: The moves that matter in academic writing, Fifth edition. New York: W. W. Norton & Company.


ウィリアム・ウォーマック
東南アジア地域研究研究所 招へい研究員
在籍期間 2022年7月-10月