ミナンカバウ社会における親族関係や社会実践には、母系制とイスラーム、血縁と感情、統合と分離といった複数の価値が交錯し、しばしば矛盾を孕む。だが、そうした矛盾は断絶や崩壊をもたらすのではなく、人びとの中に息づく「しなやかさ」によって調整され、受け止められている。「恩の紐」と「血の紐」、そしてハティの観念を軸に、矛盾に満ちた構造の中で営まれる日常の関係性を描き出す民族誌。
自著を語る
「本書執筆の一番のきっかけは、「恩の紐」の源になるハティ(hati)という言葉について色々な話を聞いたことです。ハティとは肝臓を意味するほか、感情が宿る場所だとされています。そして、ハティに宿る感情は神によって与えられた最も純粋なものであり、周囲の環境に惑わされず、人間はそれに従わなければならないと語られていました。ただし、他人からモノを貰ったり施しを得たりすると、ハティは喜び、返礼をしたくなるのだといいます。」(一部抜粋。インタビュー全文はこちら )
目次
序章 「一人になれない」村で
第1節 「統合と分離」のダイナミズム
第2節 親族研究における統合と分離
第3節 ミナンカバウのフロンティア
第4節 「強制的な包摂」の過程:調査の概要
第5節 ミナンカバウの「2つの紐」を読み解く:本論の構成
第Ⅰ部 ミナンカバウのアダットと村落世界
第1章 ミナンカバウのアダットを取り巻く変化と持続
第1節 アダット研究の2つの系譜
第2節 ミナンカバウにおけるアダットとイスラームの共存:歴史と現代の展開
第3節 DIM運動におけるアダット
第4節 アダットの魔力
第2章 テルック・ダラム村の生活
第1節 村の風景
第2節 テルック・ダラム村の生活とライフステージ
第3節 テルック・ダラム村の社会組織
第4節 分割されるナガリ、息づくアダット
第Ⅱ部 つながりと自律の論理
第3章 民俗生殖理論:血とハティの観念
第1節 ミナンカバウにおける民俗生殖理論
第2節 テルック・ダラム村における民俗生殖観念
第3節 親族名称に見る縦横に広がる親族構造
第4節 小括:テルック・ダラム村の親族世界
第4章 キョウダイとして家に暮らす
第1節 軒下から台所へ:テルック・ダラム村の家屋構造とジェンダー秩序
第2節 家を建てる
第3節 包摂する家
第4節 家に迎え入れられる他者:ビマの場合
第5節 家に住まう人びと:女性を中心にめぐる核家族・直系家族・拡大家族のサイクル
第6節 小括:テルック・ダラム村における女性がつなぐ家
第5章 親族への統合の力学
第1節 忘却される系譜
第2節 クトゥルナンへの統合
第3節 カンプァンへの統合
第4節 小括:クトゥルナンの地縁化とカンプァンの母系出自化がかたちづくるテルック・ダラム村の親族関係
第6章 ミナンカバウにおける人格観念と倫理
第1節 マレー世界における人格観念
第2節 人格観念としてのハティとプラサアン
第3節 「同意を得る」に見るハティとプラサアン
第4節 小括:ハティとプラサアンが織りなすミナンカバウの社会関係
第Ⅲ部 贈与と交換のあいだで
第7章 親族と人生儀礼
第1節 人生儀礼のプロセス
第2節 人生儀礼における「血の紐」と「恩の紐」
第3節 参加者から見た人生儀礼
第4節 小括:テルック・ダラム村における「血の紐」と「恩の紐」にもとづく贈与交換の実践
第8章 ガンビールのフロンティア
第1節 東南アジアと南アジアにおけるガンビールと檳榔の歴史
第2節 パーン・マサーラーの広がり
第3節 ガンビール生産の開始とガンビール・ブーム
第4節 ガンビール畑の開拓
第5節 ガンビールを生産する人びと
第6節 小括:テルック・ダラム村の丘陵地にガンビール畑が広がるまで
第9章 ガンビールをめぐる「プラサアン」の経済
第1節 ガンビールの生産と流通
第2節 ガンビールをめぐる「恩の紐」と「血の紐」
第3節 プラサアンの経済
第4節 ガンビール・ブームにおける包摂と自律
第10章 結論:ミナンカバウの矛盾としなやかな生
第1節 ミナンカバウにおけるアダットの現在
第2節 家社会論から見たテルック・ダラム村の家族と親族
第3節 基盤としてのキョウダイ
第4節 ハティと「血」がつくり出す関係性
第5節 ガンビール・ブームのなかのテルック・ダラム村
第6節 統合と分離をめぐる思索
付録1 「低地の集落」のシクンバンのクトゥルナン
付録2 「低地の集落」のカンパイのクトゥルナン
あとがき
初出一覧
参考文献
図一覧
表一覧
写真一覧
索 引
