Taylor, Keith Weller | 京都大学 東南アジア地域研究研究所

VISITOR’S VOICE

Visitor’s Voiceは東南アジア地域研究研究所に滞在しているフェローを紹介するインタビューシリーズです。彼らの研究活動にスポットを当てながら、研究の背景にある人々やさまざまなエピソードを含めて、一問一答形式で紹介しています。

これまでのインタビュー記事一覧

Interview


ベトナムの磚墓考古学


01

ご研究について教えてください。

私が初めて執筆した書籍は紀元前1千年紀の北部ベトナムに関するもので、40年前に出版されました。この書籍は、文献研究に基づいており、考古学にはほとんど基づいていませんでした。当時は考古学に関する資料があまりなかったからです。漢・唐時代の磚墓について知ってはいましたが、手に入る資料は、英語とフランス語で出版された、植民地考古学に基づく数少ない文献に限られていました。1980年代半ばにベトナムを訪ねるようになり、磚墓は「数千」あると考古学者や歴史学者から聞きましたが、それらに関する集録はなく、信頼できそうな研究や分析もありませんでした。そういう状況が今も続いています。4年前、ハノイにある考古学研究所に保存されていた磚墓発掘調査報告書を閲覧することができました。私の知る限り、この報告書の研究や分析はなされていません。最初の著作を刊行して以来、当時の文献に対する私の理解はずいぶん変わりました。磚墓は私の解釈を再評価する資料になっています。


02

研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。

1986年に北部ベトナムを初めて訪ねた際、考古学研究所の研究者と共に士燮(ししょう、Sĩ Nhiệp:2~3世紀)の墓に詣でました。すぐそばの広野一面に塚があり、磚墓がその塚で覆われているのだと教えられました。それを見て、そうした塚から何が見つかるのか、もっと知りたいという思いに駆り立てられました。


03

研究の成果を論文や本にまとめる際の難しさをどのように克服していますか?

かなり長めの散歩をして、思考を解放させます。すると、新しいアイデアが浮かぶことが多いです。


04

調査や執筆のおとも、マストギア、なくてはならないものについて教えてください。

紙と鉛筆です。


05

若い人におすすめの本があれば教えてください。

心のはたらきは一人ひとり違うので、同じ本を読んでも、その中から見いだすものは異なります。したがって、その人がどういう人なのか、そして何を学びたいのかがわからなければ、本をすすめるのは難しいです。私の現在の研究テーマについていえば、研究や執筆をしている人はほとんどいませんから、私が一般読者向けに書いた本、The Birth of Vietnam(1983)と A History of the Vietnamese(2013)をおすすめすることはできます。


06

理想の研究者像と、研究者を目指す人へのアドバイスをお願いします。

第一に、研究そのものが好きで、それに打ち込むことです。富や称賛、出世を期待してはいけません。学びたい、教わりたいと思えなければいけません。第二に、自分の考えを変えることを厭わないことです。ある考えや解釈にこだわりすぎて、離れられなくなってはいけません。新たなエビデンスやアイデアに基づいて考えを変えられるのは生の証しであり、それができないのは死を意味します。第三に、好奇心をもってさらに学びたいと思うことです。自分の研究テーマと無関係なことを考えるのを恐れてはいけません。まったく違うテーマが、自分がやろうとしていることにひらめきを与えてくれるかもしれません。自分の研究が楽しくないなら、やめて別のことをすることです。楽しいと思えてこそ、やる価値があります。また、中身のある発言ができないうちは、学術会議やシンポジウムといったアカデミック・カルチャーへの参加に気を取られてはいけません。


07

今後の抱負をお聞かせください。

磚墓の研究を完成させたいと思っています。それとは別のプロジェクトとして、詩人であり、歌い手、学者、政治家、工兵でもあったダオ・ズイ・トゥ(Đào Duy Từ:1572~1634年)のことを執筆したいと思っています。チン・グエン戦争で何度も戦場になったドンホイで、防御用の石壁を設計した人です。

 (2023年7月)

キース・ウェラー・テイラーKeith Weller Taylor

コーネル大学アジア研究学科中越文化研究教授。ベトナムの歴史や文学に関する著書や論文を多数出版しており、近著はA History of the Vietnamese(ケンブリッジ大学出版局、2013年)。漢字をベースにしたチュノム(chữ Nôm)と呼ばれるベトナム語文字の北米における先駆的指導者。文語中国語から文語ベトナム語への翻訳の理論と方法についても研究し、論文を発表している。米軍人としてベトナム戦争に従軍後、1976年にミシガン大学で博士号を取得。その後、日本とシンガポールで数年間教鞭をとり、1987年に帰国。ホープ大学で2年間教鞭をとった後、1989年にコーネル大学に着任。研究や学術交流のために何度もベトナムを訪れ、1990年代前半の2年間はベトナムに定住しながら研究・教育を行ってきた。ベトナム史のあらゆる時代を研究対象とし、特にベトナムの詩と、その世代による変遷に関心を寄せる。東南アジア地域研究研究所招へい外国人学者として2023年7月〜2024年1月に在籍。


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