フィールド研究における動画利用が急速に進んでいる。確かに映像には文字では記録しきれない、社会関係の多様さとその背景にある文化を映し込む力がある。一方で、例えばカメラの前では人々が晴れ着に着替えるといったように、映像には、社会関係自体に介入してしまう強い浸透力があり、撮影者(調査者)による映像選択の恣意性の入り込む余地も大きい。映像作家として、エイズ発症の恐怖や差別と闘いながら生きるHIV陽性者の日常に寄り添う中から地域研究の道に進んだ筆者が、自らの変容も語りながら、映像地域研究の方法論的確立を模索する。QRコードによる参照動画付き。
目次
序論
1 映像を用いた社会研究の確立のために──はじめに
2 病縁と動画による映像分析──本書の基本概念と方法
(1)病縁論──HIVをめぐる関係性
(2)映像地域研究──共振のドキュメンタリー制作による地域研究
3 本書の舞台
4 本書の構成
5 二つのドキュメンタリー映画の企画意図と調査・制作手法
(1)『いのちを紡ぐ──北タイ・HIV陽性者の12年』
(2)『アンナの道──私からあなたへ……(完全版)』
(3)調査手法と映画制作手法
第Ⅰ部 HIVをめぐる関係のダイナミクス──ドキュメンタリー映画制作からの考察
第1章 HIV/AIDS表象
1 タイのHIV/AIDS概況とメディア戦略
(1)タイのHIV/AIDS概況
(2)タイのメディアにおけるHIV/AIDS予防キャンペーン
2 ドキュメンタリー映画におけるHIV/AIDS表象の変遷
(1)一九八〇~一九九〇年代
(2)二〇〇〇~二〇〇四年
(3)二〇〇五~二〇一〇年代
3 HIV/AIDS表象に関する先行研究
第2章 共同性の生成──『いのちを紡ぐ──北タイ・HIV陽性者の12年』制作からの考察
1 映画の舞台
(1)背景(所得格差と移動労働)
(2)内容:『いのちを紡ぐ』
(3)主人公のライフヒストリー
2 チュン郡における自助グループ(国立病院の管轄下)
(1)エイズデイケアセンター「幸せの家」(DCC)の活動内容
(2)看護師とHIV陽性者間、及びHIV陽性者同士の関係性の生成
(3)村における啓蒙活動を通した関係性の構築
(4)エイズデイケアセンターの変容
3 プサン郡における自助グループ(独立系)
(1)「ハクプサン」の活動
(2)郡レベルの会議から全国会議の展開へ
(3)協働による営み(日常生活実践の変容)
4 民間自助グループの意味と、それを可能にする条件
第3章 日常生活におけるHIVをめぐる関係性──『アンナの道──私からあなたへ……(完全版)』制作からの考察
1 映画の舞台
(1)内容:『アンナの道』
(2)背景
2 日常生活の場におけるHIV陽性者間の関係性の展開
(1)薬をめぐる関係性
(2)親子と母親同士の関係性
3 エイズ孤児との関係性の構築
(1)エイズ孤児のケア
(2)エイズ孤児施設「思いやりの家」
(3)思春期を迎えたエイズ孤児Nとの関係性
4 病縁を通して経験を共有し気遣いあう
第Ⅱ部 映像表現の可能性と限界──「共振のドキュメンタリー制作」におけるリアリティ生成と制作者の視点
第4章 リアリティ表象における映画制作者の視点
1 社会的現実を捉える視点
2 ドキュメンタリー映画における関係性
3 日常生活批判
4 デジタル時代のリアリティ表象
5 映画分析手法と理論
(1)撮影段階
(2)編集段階
(3)上映段階
第5章 撮影論──撮影者と撮影対象者の共振
1 言語相互行為と身体的コミュニケーション
2 他者の「生と死」を撮る──カメラの外の日常
3 映画制作者の視点と関係
(1)「視点」と「関係」の定義
(2)視点と関係の変容
第6章 編集論──映像と文章の往還
1 編集過程の実例──学術論文と映像の往還
(1)『アンナの道』
(2)『いのちを紡ぐ』
(3)映像と文章の往還
2 メタファー
3 編集効果
第7章 上映論──公共空間の生成
1 観客の受容
2 アゴラにおける(共振と)リアリティの生成
3 映像と公共空間
4 映像の撮影・利用と許可について
結語
1 本書の視座
2 映像が捉えた「病縁」を介する新しいコミュニケーション、新しい「家族」
3 参与観察ドキュメンタリー映画制作における映画制作者の視点
4 地域研究における映像の位置づけ
5 映像という方法論への思い──おわりに
参考文献
付録
あとがき