『京大広報』2017年5月号の巻頭言に河野泰之教授(東南アジア地域研究研究所・所長)の「多様な社会が共存する地球社会を目指して -東南アジア地域研究研究所の発足-」が掲載されました。 | 京都大学 東南アジア地域研究研究所

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『京大広報』2017年5月号の巻頭言に河野泰之教授(東南アジア地域研究研究所・所長)の「多様な社会が共存する地球社会を目指して -東南アジア地域研究研究所の発足-」が掲載されました。

2017.06.12

多様な社会が共存する地球社会を目指して -東南アジア地域研究研究所の発足-

20世紀後半,わが国は高度経済成長を実現しました。日本製の工業製品が世界を席巻し,私たちは物質的に豊かな生活を享受するようになりました。同じような変化が,少し遅れてですが,私が調査してきたタイの農村でも見られました。1983 年に初めてこの村を訪れたとき,村人は少し傾いたトタン屋根の家で水がめに貯めた雨水を飲んで暮らしていました。今では,コンクリート造りの瀟洒な家に住み,バイクで野良へ出かけています。私たちは,科学技術の発達による生産と消費の拡大がけん引した20世紀型の社会発展の恩恵を受け,経済的に豊かになりました。しかし,この発展がさまざまな犠牲と引き換えに実現されたことも間違いありません。それは,自然環境の荒廃や生物的・社会的多様性の喪失,コミュニティの崩壊,家族の弱体化などです。これらが,残念ながら,地球環境問題や経済格差,文化・宗教摩擦,高齢化と社会福祉負担の増大などの現代社会が直面する課題を生み出しています。

これらの課題は相互に複雑に絡み合っています。経済格差を解消するための大規模開発事業は,しばしば新たな環境問題を引き起こすのみならず,ときに民族間の対立を煽ります。21世紀の地球社会をけん引する新たな発展のメカニズムを構築するためには,眼前の問題に焦点をあてた対症療法のみに頼るのではなく,20 世紀型の社会発展を批判的に検証し,より根本的なところから社会のあり方を検討する必要があります。

これは,言うは易く,行うは難しです。ただ,私たちには強力な見方があります。東南アジアを中心とする世界諸地域の地域社会です。机上の空論ではない,生身の人々の政治,経済,宗教,文化,労働,生活と多様で多彩な自然環境がそこにあります。そこでは,駆け引きや交渉,介入や抑圧,秩序の構築と崩壊が渦巻き,技術や制度がダイナミックに変転する圧倒的な現実があります。この現実は,人類が数千年にわたって構築してきた科学技術体系と同じぐらい価値のある教科書です。この教科書を丹念に読み解くことを出発点として,21世紀の社会発展を構想したいというのが私たちの考えです。

そのためには,東南アジアに限らずより広く世界諸地域を視野に入れて,アカデミズムを超えたネットワークを構築し,ともに東南アジア研究や地域研究の新たな展開を目指すコミュニティを形成する必要があります。そこで,東南アジア研究所と地域研究統合情報センターは平成29年1月1日をもって統合し,東南アジア地域研究研究所として再編しました。東南アジア研究所は1963 年の学内措置による設置,1965 年の官制化以来,わが国の東南アジア研究を先導し,今では世界トップクラスの東南アジア研究拠点に成長しています。一方,地域研究統合情報センターは,2006 年の発足以来,地域研究と情報学を融合させたユニークな研究センターとして成果を上げてきました。今後は,新研究所として所員一同,これまで以上に幅広い分野のみなさまとの連携を強化していく所存です。これまでのみなさまからのご支援に感謝申し上げるとともに,今後ともご指導,ご鞭撻いただきますよう,お願い申し上げます。

東南アジア地域研究研究所長 河野 泰之

 

『京大広報』5月号729号
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