脊椎動物の染色体末端にはテロメアという特有の塩基配列が存在します。環境要因等でテロメア長(塩基配列の長さ)が変化することがわかっており、テロメアによりライフサイクルに応じて個体が経験するさまざまな影響を定量化できる可能性などが指摘されています。そのため、野生動物研究者は、環境変動や繁殖などの外的・内的ストレス要因が動物に及ぼす影響評価に、テロメア長を用いるようになってきました。特に鳥類や陸生哺乳類において研究が盛んで、大きな成果を残しています。
一方で、鯨類などの海棲哺乳類におけるテロメアについてはほとんど研究されておらず、同一の個体から複数回テロメア長を測定し、その変動を確認した例はこれまでありませんでした。そこで、本研究では大阪海遊館で飼育されるカマイルカLagenorhynchus obliquidensを対象とし、2017年5月から2018年10月まで1年半にわたり、6個体(オス2個体、メス4個体)のDNAから合計80回テロメア長を測定しました。実験期間中に3個体が妊娠を経験しました。各個体のテロメア長の平均値は統計的有意に差が認められましたが、個体の平均テロメア長は推定年齢や体重と相関はありませんでした。テロメア長の月ごとの変化量を算出したところ、個体間で有意な差はなく、さらに、年齢、体重、大きなプールでの飼育日数の割合、プールの総輸送回数とも相関は認められませんでした。
実験の結果、テロメア長は個体内で1年半にわたって比較的安定していることが示されました。妊娠や体調不良を経験した個体もいましたが、寿命の長いイルカでは1年半の測定期間ではあまり変動がない可能性が考えられました。
この研究成果は学術雑誌「Marine Mammal Science」(Early View、4月1日付)に掲載されました。
研究者よりひとこと
変動に個体差がないという意外な結果となりましたが、海棲哺乳類の他の種(同じイルカ類の他種、鰭脚類のアザラシなどの種)でもそうなのか?大変気になるところで、現在海遊館に加えて、名古屋港水族館、京都水族館、鳥羽水族館などにもご協力いただき研究を展開しています。
2つのジャーナルにリジェクトされ、掲載が決まった雑誌でもリビジョンを5回。あまりにも難産でしたが、出版に至ることができました。ご協力くださったすべての皆様、そしてイルカたちに改めて感謝申し上げます。(木村)
研究者情報
木村里子 京都大学教育研究活動データベース
書誌情報
タイトル | Telomere length changes in the Pacific white-sided dolphin measured for one and a half years |
著者 | Sakai, M., Kimura, S. S., Mizutani, Y., Ishikawa, M., Ito, T., Arai, N., & Niizuma, Y. |
掲載誌 | Marine Mammal Science |
DOI | 10.1111/mms.13123 |
問い合わせ先
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京都大学東南アジア地域研究研究所
准教授 木村 里子
E-mail: kimura [at] cseas.kyoto-u.ac.jp([at]は@に置き換えてください)
<広報に関する問い合わせ>
京都大学東南アジア地域研究研究所
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