山田千佳助教とオフィンニ ユディル特定助教(京都大学白眉センター特定助教)が5月14日~15日にジャカルタ(インドネシア)のアトマジャヤ大学で開催された第1回 International Conference on Drugs Research and Policyにて口頭発表を行い、最優秀口頭発表賞(The Best Oral Presenter)を受賞しました。
発表タイトル:Reimagining Harm Reduction Through its Genealogy in Indonesia
受賞日:2024年5月15日
学会HP:International Conference on Drugs Research and Policy
受賞者発表の様子:https://www.youtube.com/live/lY-QoH8ivVY?si=gGxdVVW7uJllCeFz&t=9876
会議について
初めての開催をインドネシアで迎えた国際会議「the International Conference on Drugs Research and Policy」は、薬物政策に関する建設的な対話と知識の共有を図ることを目的とし、研究者、政府職員、政策立案者、市民社会団体、医療従事者、法執行機関らが一堂に会しました。アトマジャヤ大学、Institute for Criminal Justice Reform(ICJR)、Indonesian Center for Drugs Research(ICDR)が主催した2日間の会議では、植民地期における薬物使用および禁止、薬物使用者に係る司法プロセスの費用分析、ジェンダーに配慮した政策立案、在来植物の鎮痛剤や感染症治療薬としての薬効など、多様なトピックが取り上げられました。
現在、インドネシアでは、麻薬に関する法律2009年第35号の改正に関する白熱した議論が繰り広げられており、本会議の開催は、時宜を得たものでした。本法改正は、リハビリテーション強制とそれに伴う法執行者による巨額の金銭取引、変遷する薬物闇市場への適応に遅れを見せる公衆衛生対策、刑務所における過剰収容、 そして、本年3月に憲法裁判所が脳性麻痺等に対する医療用大麻の使用の合法性に関する訴えを棄却したことを受け、ますます緊急性を増しています。後者の判決では、「物質の使用に関する包括的な評価と研究において国内の証拠がない」ことが理由に挙げられており、本会議においても、海外から知見を「輸入」するのではなく、自国(及び各々の現場)において薬物政策分野の研究を推進することが急務であることが強調されました。
発表について
(題目:Reimagining harm reduction through its genealogy in Indonesia)
現在進行中のインドネシアの薬物政策改革における、ハーム・リダクションの描写に目を向けると、ハーム・リダクションの性質を均一的で、価値中立的であり、実践的なものと描き、薬物の供給及び需要削減の政策に対抗するものであるという前提に基づいて語られることが多く見受けられます。
これに対し、本発表の主張は、ハーム・リダクションとは、時に相反するイデオロギーを有する、多元的なものであり、社会的に構成されて進化しつづけているというものです。この主張の裏付けとして、ポスト構造主義のレンズを通して、インドネシアの文脈における、公衆衛生的、法的、解放的という3つの絡み合ったハーム・リダクション実践の系譜を叙述しました。
「公衆衛生的実践」は、多くの命を救った一方、国際保健の技術主義的アプローチが普及したために、薬物を使用する人々を商品化し、草の根活動家を実施手段に貶める事態を招いています。「法的実践」は国家権力の乱用から薬物使用者を守り、修復的司法の取り組みにつながりましたが、依然として、薬物使用を犯罪として捉えています。これらへの批判的応答として生まれた「解放的実践」には、司法制度の解体、ドナーや政府に乗っ取られた保健活動における主体性の奪還、交差的不公正への取り組み、新植民地的知識生成への批判などが含まれます。注目すべきは、身体的主観性とインドネシアの歴史的視点に基づき、薬物使用に利点があることを認めることを要求する動きに繋がっていることです。
ハーム・リダクションはいずれの形にせよ、覇権的な知識の正統性に異議を唱える批判的思考によって育まれてきました。しかし、批判的思考は、ハーム・リダクションが官僚化された慣行となることによって脅かされてきました。ハーム・リダクションの多元性とその実践の中にみられる表象がもたらす影響を理解することなく、ハーム・リダクションを薬物政策に取り入れることは、薬物に関連する害を減らすどころか、むしろ生み出す可能性があることを論じました。
受賞者からのひとこと
この発表は、インドネシアで薬物に関する問題に取り組む20以上の市民社会団体の活動に関するフィールドワークに基づいています。珈琲と煙草を交えて何気ない会話をしながら、昔話を聞かせてもらったり、現状に対してどう感じているのかに耳を傾け、多くの時間を共に過ごしました。
今回、最も嬉しかったのは、貴重な経験を分かち合ってくださった市民社会団体の方々も参加する場において、報告できたことです。発表内容は、彼ら彼女らのたゆまぬ批判的思考と実践に拠るものであり、この賞は市民社会団体の人々のものです。発表後も、Q&Aでのディスカッションや、カフェやお家にお邪魔しての歓談の中で、大切なフィードバックももらうことが出来ました。それらを今後の研究に活かしていきたいです。(山田千佳、オフィンニ ユディル)
研究者情報
山田千佳 京都大学教育研究活動データベース
オフィンニ ユディル 京都大学教育研究活動データベース
関連情報
CSEASニューズレター インタビュー
山田千佳「公衆衛生を問い直す:インドネシアのハーム・リダクション運動から見えてくること」