紹介図書
有馬恵子著『京都出町のエスノグラフィ──ミセノマの商世界』(青土社、2025年)
要旨
これまで個人が営む小さな店は、近代化や工業化の進展によって「滅びゆくもの」として認識されてきました。しかし店は、通りやまちを使いこなしながら、社会の変化に自らを適合させ、時に抵抗しながら生き延びています。その核にあるのは、店やものを介して生みだされる技芸、すなわち、手仕事などの技術、わざ、仕事をする能力、技能といったものではないでしょうか。ブックトークでは第一部で、京都出町で見られた人やものの寄せ集まるすがた、かたち、ありようといった多種多様な「技芸」を紹介します。その上で第二部では、主に二点議論を深められたらと思います。
一つ目は、フィールドの技芸を見る、技芸からフィールドを見るという方法論についてです。私は、社会制度や機能に無数の細かな穴があく「失われた時代」ともいわれる2000年代に、建築や音楽、現代美術の領域で、専門家と非専門家といった複数の領域・属性が重なりあう際の、その隙間にあるものをつなぎあわせて、それを取りだして何らかの作品として見せる仕事をしてきました。学術の世界に足を踏み入れたのは2020年のことですが、認識論、方法論を深めようとする度に現場での経験が頭をもたげ、学術的なディシプリンをはっきりと示すことができませんでした。代わりに、フィールドワ―クを綿密に重ねて、建築、音楽、アートの実践者としての経験を踏まえた分析や記述を志してきました。たしかな手応えが感じられるようになったのは、博士論文を書き終えて書籍化された後、正確には現在所属する京都大学東南アジア地域研究研究所でフィールドワークから導きだされた多様な議論に触れてからのことでした。エスノグラフィという方法は、ディシプリンを水平に繋ぎ、学術という領分の小さな網の目を潜り抜けて、多声的な声をより広い世界に響かせる方法の一つとしてあるようにも思われます。エスノグラフィという方法が、建築、デザイン、アートといったより実践的な分野にもひらかれてゆくことをお伝えできたらと思います。
二つ目は、文化人類学、地域研究と接続する議論です。京都出町の建物の軒先や喫茶店のカウンター、壁といった場所を、生産、交換の場所として捉えると、このような領域は、自治と自律を優先しようとする人びとが寄せ集まる領域、いわば「都市のゾミア」としてあるようです。あるいは、社会の中に固有の生存ニッチを見いだすことは、互いの協力や依存関係を重要視することで互いに生き抜く、「モラル・エコノミー」の現代版のようにも見えます。
ブックトークでの対話や議論を通じて、私たちの足元にある「京都出町」から発見された、いわば「まちに宿る野生」が、解き放たれてゆくことを楽しみにしています。
プログラム
第一部 自著を語る
第二部 セッションと質疑応答
ゲスト: 小川さやか 立命館大学教授(オンライン、予定)
報告者
有馬恵子(京都大学東南アジア地域研究研究所特定研究員、日本学術振興会特別研究員PD)
エスノグラフィク・リサーチの方法を用いて、建築、音楽、アートの実践者としての経験を踏まえた分析・記述をおこなっている。キュレーターとしての仕事に、アーツ前橋10周年記念展「ニューホライズン 歴史から未来へ」(2023–2024年)、《建築的思考のパラダイム──アーキテクチャーの現在形》(TRANS ARTS TOKYO、2012年)など。音楽のプログラム・ディレクターとしての仕事に、《さっぽろコレクティブ・オーケストラ》(札幌国際芸術祭2017)、《アンサンブルズ・アジア・オーケストラ》(国際交流基金アジアセンター主催、2014–2017年)、《東北ユース・オーケストラ》(ルツェルンフェスティバル・アークノヴァ松島2013)など。共著に、Architecture and the Test of Time(Detail Publishers、2012年)。立命館大学大学院先端学術総合研究科博士課程修了。博士(学術)。
司会
石川登(CSEAS)
関連情報
有馬恵子「まちに宿る野生──京都出町・多声的エスノグラフィ」、『世界』(2026年3月号 )、239–251頁。