タイとミャンマーの国境域を旅した人は、山地から平地に至る多様な景観に大きな仏教建造物、特に仏塔が点在するのを見かけたことがあると思います。あれだけのものを建てるのにどれほどの資材と労力をかけたのか、そしてどうしてそれが可能だったのでしょう? この地域で長らく民族誌的フィールド調査を行ってきた速水洋子教授は、国境をまたいで居住するカレンの人々の聖者信仰に着目して、上の問いに応える論文をまとめました。
一方で、建立事業は経済力・政治力のある人々が寄進を通じて更なる徳と名誉を獲得する機会になるため、名高い僧侶のもとに財が集まります。他方で、建造物を建てる営みは、国の周縁で生活し、貧しいなかで聖者への信仰心から中には自身の生活も捨てて聖者の元に身を寄せる少数民族が、労働力を提供することで初めて可能になります。
タイ北部からミャンマー、中国など隣国との境界地域で信仰を集めてきた仏教聖者については、これまでも論じられてきました。本論文では、なかでもこうした聖者による仏教建造物、特に仏塔の建立に着目して、聖者の運動に人々が集まり、巨大建造物が造られ、それにより聖者のカリスマが可視化され更に強化されていくプロセスを明らかにしています。
本論文は、学術雑誌The Asia Pacific Journal of Anthropologyに掲載されました。
著者よりひとこと
少数民族カレンにおける仏教指導者への信仰の一つの現代的な姿として、聖者信仰に関心を持ってきました。本論文では特に、仏教建造物の建立により聖者のカリスマが可視化され強化されていくプロセスが、カレンの居住するタイ・ミャンマー国境にあって両側の人々を動員していることに着目しました。国境は、両国の宗教文化や少数民族の生活領域が重なり合う場です。それぞれ政治的背景が異なるなかで、信仰の対象を求め、戦闘を逃れ、仕事や食い扶持を求めて両者を行き交う、少数民族の共有された文化や社会ネットワークがあることが国境を超えた聖者の事業を可能にしていることを明らかにしました。と同時に、宗教信仰における巨大なモノ性(マテリアリティ)とカリスマの形成過程を論じています。
研究者情報
速水洋子 京都大学教育研究活動データベース
書誌情報
タイトル | Labour of Devotion: Material Construction and Charisma of Saintly Monks in the Myanmar–Thai Border Region |
著者 | Yoko Hayami |
掲載誌 | The Asia Pacific Journal of Anthropology |
DOI | 10.1080/14442213.2022.2117405 |
関連文献
速水洋子「仏塔建立と聖者のカリスマ―タイ・ミャンマー国境域における宗教運動」『東南アジア研究』53巻1号(2015年7月)、68-99頁。