土屋喜生助教が第14回(2025年度)三島海雲学術賞(人文科学分野)を受賞しました。三島海雲学術賞は「自然科学及び人文科学の研究領域において、創造性に富み、とりわけ優れた研究能力を有する若手研究者(45歳未満)を顕彰し、その研究の発展を支援することを目的」として2012年より毎年、推薦により候補者を募り懸賞事業が行われています。今回、土屋助教の著作は日本を含むアジアに関する人文社会科学諸分野の優れた研究書として贈呈対象に選ばれました。
東ティモールという新しい国家の「独立を助けた」はずの国連がどうして憎まれるのか。国際協力を主導する国連への抵抗運動が起き、国際協力の舞台が反植民地主義闘争の場となるのはどうしてか。国連東ティモール選挙支援チームの一員として勤務した土屋助教は、この疑問を解明すべく、研究を始めます。ティモール人たちの様々な政治思想、その背後にあるグローバルな知識生産ネットワークが、東ティモールという場所にどういう意味を与えてきたのかという切り口から、長期現地調査、史料批判、多言語の言説分析を組み合わせ、これまで研究蓄積の少なかったティモールに関する歴史認識を問い直す研究を行いました。その成果は、著作Emplacing East Timor: Regime Change and Knowledge Production, 1860–2010(『エンプレイシング・イースト・ティモール:政権交代と知識生産、1860年代から2010年代まで』ハワイ大学出版会、2024年。邦訳は未刊行)にまとめられました。本書は誰がどのように「近現代ティモールの歴史」を形作ったかを再構成するもので、地域研究と歴史学の両方に貢献する貴重な成果です。本書によって、土屋助教が2025年度(第14回)三島海雲学術賞(人文科学分野)を受賞しました。
公益財団法人 三島海雲記念財団プレスリリース
受賞記念オンライン講演(三島海雲記念財団提供動画、28分)

受賞者よりひとこと
本書Emplacing East Timorは、現代の読者に理解されることをあまり期待しないで執筆した歴史と史学史に関する本です。対象地域が東ティモールという人口100万人強の小さな国だということもあります。ですが、それ以上に本研究を始めた動機には、若き日の東京でのマイノリティとしての生活、東ティモールの国連ミッション勤務時のいろいろな予期せぬ遭遇があり、このような経験を共有していない大多数の読者には理解されにくいように思われたからです*。また本書は、かつての植民地主義の知識から現在グローバルに流通している良心的な活動家による報告書に至るまで世界中の東ティモール論を押し並べて一気に脱構築した上で、独自の歴史観を提示する破壊的なものです。一般に広く流通している「東ティモール史」に親しんできた人々、そしてそれを作り守ろうとしてきた人々には、おそらく受け入れがたいページもあるでしょう。
そのため本書の献辞では、「少数派となることを可能にしてくれた今は亡き友人」(彼ならば「親友だ」と訂正するかもしれません)と、「慈悲深き将来の世代」に本書を捧げるとしています。執筆当時の私は、「一世代、あるいは二世代後には、いくらか本書を理解してくれる読者もいるかもしれない」という微かな期待にしがみついて、約10年間の調査と執筆と添削を続けたのです。
今回出版1年後にして、三島海雲学術賞というたいへん栄誉ある賞をいただけたことは、予期せぬ幸運です。推薦者や選考委員の方々、そして東ティモールを含む様々な国々の研究者や学生たちが本書を(批判も含めて)評価してくださり、本書は書籍として幸運な道を歩み始めていると言えます。著者として感謝の言葉を残しておきたいと思います。寛大な心でEmplacing East Timorと向き合ってくださりありがとうございました。(土屋喜生)
* 私が育った東京のコミュニティについてはあおきまみさんが短編『つきあったら、クリスチャン』(生活綴方出版部、2024年)で物語のネタにしており、彼女は(私がモデルかどうかはわかりませんが)「きしょう」というキャラクターを登場させています。また、本研究に直接つながった東ティモールでの経験については拙著 “What was “Independence” for the East Timorese? A Historian’s Autobiographical Reflections over Perceptions of the Past,” Revista Oriente, 2022. で説明を試みました。
関連情報
書籍情報
自著紹介:Emplacing East Timor: Regime Change and Knowledge Production, 1860–2010(東南アジア地域研究研究所ニューズレター No. 82(2024年))
「「三島海雲学術賞」 研究者3人へ贈呈 千代田で授賞式」『東京新聞』2025年7月5日(デジタル版(有料記事)へのリンクはこちら )
土屋喜生助教、櫻田智恵 GCR共同研究員が第23回東南アジア史学会賞を受賞しました