VISITOR’S VOICE


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歴史的メディアの力 ー アジア研究への新たなアプローチ 


サンディープ・レイ

ノッティンガム大学マレーシア校
CSEAS招へい研究員(2025年6月~9月)

歴史家、作家、映像作家。メディアと東南アジア史の相互関係を主題とし、現在はとりわけ植民地時代後期に焦点を当てている。

略歴
CSEASでの研究概要

About Research


— これまでの研究で、最も意外だった、あるいは最も興味深かった点について教えてください。

歴史学者になろうと学術研究を始めて気づいたのですが、20世紀初めの映像記録は歴史研究の脇に追いやられる傾向にありました。これは一つには、テキストベースの一次資料が長年重要視されてきたからです。1990年代の人文科学の「画像論的転回(pictorial turn)」によって絵画や写真も史料として扱われるようになりましたが、それから数十年たっても特に東南アジア研究においては、ノンフィクション映画を有効な資料とみなす歴史家はほとんどいませんでした。それでもさまざまなアーカイブで映像記録を探し始めると、過去への理解を広げてくれそうな手つかずの資料が大量に残っていました。以来、私はそのとりこになりました。以前、映像アーカイブの仕事をした経験を活かして、ニュース映画や紀行映画、プロパガンダ映画を探し出し、オランダ領東インドで制作された徹底した植民地プロパガンダを分析・批評しました。それが著書 Celluloid Colony (NUS、2021)の主題となりました。近年は、英国の帝国戦争博物館やオランダ視聴覚研究所が所蔵する映像資料に驚いています。それらはときに衝撃的なものがあるものの、東南アジアの戦後/独立前の時代をおおむね捉えています。死刑執行がシンガポールでは撮影され、ニュルンベルクや東京では撮影されなかったことをご存じでしたか。この事実を私は数カ月前に知ったばかりです。こうした比較的未開拓の資料が私の原動力となっています。先月、京都に来てから知ったのですが、画家の野田明氏が戦後、降伏日本軍人(JSP)としてマラヤのエンダウ収容所に抑留されていたときに描いた強烈なスケッチについて、山本博之准教授らが一連の論文を発表されていました。CSEASに来なければ、このことを知ることはなかったでしょう。

— 研究に欠かせないツールやマストギア、メソッドについて教えてください。

容量の大きいの動画ファイルもありますので、ポータブルハードディスクとGoogleドライブの2TBプランがどうしても必要です。Final Cut Proを使ってMacで動画を編集しなおすこともあります。ですから、高画質の大きなスクリーンは賢明な買い物でした。そのスクリーンをマレーシアから京都に持ち込みました。それに、計画的に物事を進める必要があります。エクセル資料を作成し、新聞を隅々まで読み、メタデータを確認し、何時間もかけて動画を何度も見るのですから。また、十分な睡眠も大切です。

Research Inspiration


— この分野に足を踏み入れようと決めた具体的なきっかけや出来事はありますか。

1999年、研究者になるずっと前のことですが、ヴィンセント・モニケンダム監督 (Vincent Monnikendam) の「マザー・ダオ(Mother Dao)」を観ました。植民地時代のインドネシアでオランダが撮影したフィルムをもとにした映画でした。私はスミソニアンの民族誌映画アーカイブで働いていましたので、初期の映画について多少の知識は持っていましたが、この作品はそれまで観たものとは違いました。卑俗でありながら美しく、同時に心を大きくかき乱す作品でした。その衝撃はいつまでも消えず、結果的に博士課程に進むきっかけとなりました。ライデンでモニケンダム氏と会うことになり、彼は私の旅路の支えとなりましたが、残念ながら今年初めに亡くなりました。

映画「マザー・ダオ」の一場面
映画監督ヴィンセント・モニケンダムからの私信
— 研究で出会った印象的なひと、もの、場所について、エピソードを教えてください。

2012年に、オランダの学者でありアーキビストでもあるニコ・デ・クラーク氏(Nico de Klerk)から、「植民地時代の映画制作は必ずしも植民地的であるとは限らない」と言われました。この一言によって、「植民地時代に制作された」という理由だけで、そうした映画を信頼性に欠けるもの、あるいは民族誌資料として価値がないものと見なしてはならないのだと強く認識するようになりました。資料はその出典にかかわらず排除すべきではないのです。

Societal Impact


— これまでの歩みを振り返って、社会的影響力のある研究者となるには、どのような資質や習慣が不可欠だと思いますか。

研究者は自分の快適な領域(コンフォートゾーン)から一歩踏み出すことで、得るものがあると思います。私たちのスキルは主に学術的性質を持つものの、社会課題に直接取り組むためにも応用できます。最も切実な課題を抱える現場で、そのコミュニティと協働することもその一つです。すでに多くの研究者がそのような実践を行っており、相互接続性(interconnectivity)という観点から、豊富な知見を提供してくれています。私は2009年から2012年にかけてアチェの避難民や現地パートナーと協力して、津波後を生きる人々の挑戦を撮影しました。2016年にはギリシャの難民キャンプで食事提供のボランティア活動を行い、それを機に再訪を重ね、ドキュメンタリー映画が生まれました。現在、私の博士課程の学生がマレーシアにおけるロヒンギャ問題に取り組んでいます。私が彼女と共同研究できるのは、アーカイブ研究から道を外れ、避難民コミュニティを学ぶという遠回りをしてきたからです。

アチェのコミュニティリーダーを撮影(2009年)
ギリシャ、ヒオスの難民キャンプの外で(2016年)

Life Beyond Research


— 研究以外にされていることがあれば、教えてください。

50代になっても、努力次第で意外とうまくやれる新たな道があるのだと気づきました。私の主たる研究活動と直結するものではありませんが、学際的な思考力を養い、より魅力的な授業を行ううえで、確実に役立っています。その一例が、小説執筆という挑戦です。歴史家として歴史小説を書くことに胸を躍らせ、しかもそれほど難しいことではなく、自分には向いているとさえ思っていました。ところが実際にやってみると、力不足をつくづく思い知ることになりました。一作目 A Flutter in the Colony を書き上げるのに何年もかかりました。歴史研究と小説の執筆はある程度重なる部分もありますが、同じものではありません。それを身をもって学びましたが、今では登場人物の設定や物語の展開を以前よりうまく考えられるようになりました。実際、学部1年生を対象にライティングの授業も担当しています。

小説を書くうえでいちばんの方法は、まず、どのような人物を登場させるのかを事前に考えることでしょう。弱さを抱えつつも、どこか毅然とした人物なのか。頑固で欠点の多い人物なのか。虚栄心はあるが、救いの余地がある人物なのか。物語の中で大きな気付きを得るのか。ある意味では、これは実際の筋立てより重要です。こうした人物を、自分が選んだ歴史的に妥当と思われる舞台に置き、少しずつ物語を進めていきます。私は、余計な装飾を加えず、登場人物が何を考え、何を語るかを想像しながら、一歩ずつ前へ進む形でストーリーを膨らませていくのが好きです。注意すべきなのは「プレゼンティズム(現在主義)」に陥らないようにすることです。これは、現在の倫理観で過去を捉えてしまうことを指す、やや気取った言い方です。登場人物の下品さに思わず顔をしかめてしまうようであれば、おそらく順調な証拠でしょう。人を傷つけないよう取り繕う必要はありません。背景や文脈には誠実であることが大切です。それに、映画編集者がよく言うことですが、読みやすくするためには「お気に入りの部分を削る(murder your darlings)」覚悟も必要です。そもそも、いかに丹念に調べたものであれ、歴史の講義録を読みたい人がいるでしょうか。「歴史小説」として売られている本を手にとったからと言って、読者がその歴史を知っている、あるいは知りたいと思っているとは決して限りません。どうずれば読者がページをめくりたくなるかをよく考える必要があります。歴史にばかり頼ってはいけません。

A Flutter in the Colony (Harper Collins, 2019)

Advice for the Next Generation


— 若手研究者や、あなたと同じ分野の研究者を目指す人へアドバイスをお願いします。

多様性ですね。特に人文科学においては、専門性は過去のものとなりました。あらゆる分野が明らかに学際化しています。最良の研究はおそらく、自分の研究分野に多方面からアプローチできる研究者から生まれるでしょう。定性調査の方法、インタビューのやり方、統計の読み取り方、メディア資料の読み方、研究成果を記録する術を学ばなければなりません。こうしたスキルを一つの学問分野だけで身につけることはできません。とはいえ、今も学部・学科が存在するのには理由があります。ある分野を厳格に究めることが学びを深めるカギになるのは確かですが、他のアプローチによって補完され得るものでもあります。近年読んだ中で最も優れた著作を思い浮かべてください。ほぼ例外なく、さまざまな学問分野を組み合わせたものではないですか。

— 若いころにこんなアドバイスをもらえればよかったと思うことがありますか。

読んだもの、観たものを全部、記録してください。全部ですよ。それは何年経ってからでも、そのときの事柄を思い出し、改めて参照するための手がかりになります。

Looking Ahead


— 今後の研究計画とご専門分野やアジア地域の研究についてのお考えをお聞かせください。

今日、大量のメディア資料がデジタル化され、アップロードされ、拡散していますので、次世代の研究者は現代のリポジトリをたやすく使いこなすことになるでしょう。私が受けた特別な訓練などほとんどいらなくなります。技術的な障壁がなくなった今、研究現場は、新たな認識論的ツールの開発に注力できます。そして次のような問いを探求することが可能になります:こうした網羅的な映像資料から何を学べるのか。世界各地に分散した映像記録、特にヨーロッパに比べて映像化があまり進んでこなかった太平洋戦域に関する記録を綿密に再評価し整理することで、アジア研究は新たな展開を見出せるのではないか。同様に重要なのは、新たな資料が次々生成されるなかで、我々が考慮すべき教育上の教訓や課題とは何か。いまの学生はメディアに強く、直観的に扱えます。そうしたスキルと言語・文化(私の場合は、地域横断的な視点に立ったアジア研究)に関する堅実な訓練を組み合わせることができれば、21世紀における視覚データの爆発的増大に対応し、それを理解・活用しながら、革新的で質の高い研究成果を生み出すための新たな洞察を備えた研究者を育てることができるでしょう。

サンディープ・レイ
ノッティンガム大学マレーシア校人文学部准教授、学部長。ハンプシャー・カレッジ、ミシガン大学、シンガポール国立大学で学ぶ。植民地史、ノンフィクション映画、東南アジア映画の相互関係を専門とする実践者・研究者。著書にCelluloid Colony: Locating History and Ethnography in Early Dutch Colonial Films of Indonesia(2021年欧州東南アジア学会社会科学図書賞最終候補作)、歴史小説A Flutter in the Colony(Harper Collins, 2019)がある。Historical Journal of Film, Radio and TelevisionpositionsAmerican Historical Reviewなどの主要な学術誌に論文を発表している。さまざまな学術誌の査読者、各種映画祭の審査員やキュレーターを務める。The Sound of Old Rooms(2011年台湾国際ドキュメンタリー映画祭でグランプリ受賞)など複数のドキュメンタリー映画を監督。2025年6月、国際メディア歴史協会(IAMHIST)評議員に選出される(任期4年)。2025年6月から9月までCSEAS招へい研究員。.