インドネシアのコモド国立公園には、世界最大のトカゲであるコモドオオトカゲ(学名Varanus komodoensis、現地語でオラ(Ora)またはセバエ(Sebae))が生息しています。インドネシア南東部から東ティモールにかけて広がる小スンダ列島(ヌサトゥンガラ諸島)の中ほどに位置するこの公園では、インドネシア政府や多国籍の環境保全団体が、自然保護の名のもと、エコツーリズム事業を展開して持続可能な開発による経済成長を促す一方、コモドオオトカゲとその生息地を世界的な観光産業における商品へと変貌させてきました。地域住民と支援者たちは自然保護の理念には一定の理解を示し、エコツーリズムがもたらす経済的機会を受け入れつつも、政府や国際機関、企業が導入する開発計画には抵抗してきました。なぜこのような一見矛盾した態度が生まれるのか。地域住民にとって受け入れ可能な代替案を生み出すヒントはどこにあるのか。シプリ・ジェハン・パジュ・ダレ連携研究員(ウィスコンシン大学マディソン校研究員)は、先住民アタ・モドの民族誌を記す中で、人々の抵抗の基盤に、コモドオオトカゲを同じ母から生まれた人間の双子とみなす、つまり種をまたいだコモドオオトカゲとヒトとの血縁関係という、この地域に受け入れられてきたアニミズム的世界観があることを示します。そしてこの関係が、国や企業主導の自然保護区における商品化されたエコツーリズム事業への抵抗において重要な役割を果たすとともに、下からのエコツーリズムを実践する上での原動力となっていることを明らかにしました。
本研究は、学術誌「Critical Asian Studies」(2025年10月3日)にオンライン掲載されました。

著者からのひとこと
本論文は、自然保護と観光開発、および社会運動の関わりについて、コモド国立公園における長期のフィールドワークをもとにした民族誌的、歴史的研究の成果です。私は自然保護とエコツーリズムに関する批判的研究に連なり、エコツーリズムが自然保護や開発のために用いられ、資本蓄積のために野生生物や自然環境を商品化する手段となっていることを明らかにしたいと考えています。しかし本稿では、コモド島の先住民であるアタ・モドの人びとが、国や企業主導のエコツーリズムの受益者とされるだけでなく、これらの権力者と交渉し、事業に抵抗し、代替的なエコツーリズムのモデルを模索する能動的な主体として、いかにエコツーリズムに関与しているかについても論じています。具体的には、彼らがどのように自らを先住民として位置づけ、種をまたいだマルチスピーシーズの政治を拠り所としてエコツーリズムに関与しているかを明らかにします。彼らはそこで、下からのエコツーリズムモデルを提唱しています。このような考え方は、グローバル・サウスにおける社会運動にお馴染みの政治経済批判に基づくというよりむしろ政治そのものであり、人類が他の生物種や環境(人もまたその一部である)と築く関係に対する理解と実践に根ざす運動なのです。
研究者情報
シプリ・ジェハン・パジュ・ダレ Cypri Jehan Paju Dale 京都大学東南アジア地域研究研究所連携研究員
書誌情報
| タイトル | Dragon Not for Sale: Commodification of Nature, Indigenous Multispecies Politics and Ecotourism from Below in Komodo National Park, Indonesia |
| 著者 | Cypri Jehan Paju Dale |
| 掲載誌 | Critical Asian Studies |
| DOI | 10.1080/14672715.2025.2566488 |
関連情報
Cypri Jehan Paju Dale, “Puzzling Confluence of Conservation and Ecotourism in Komodo National Park, Indonesia,” Japan-ASEAN Transdisciplinary Studies Working Paper Series, 2020. DOI: 10.14989/TDWPS_10.
Cypri Jehan Paju Dale, “Conservation, Ecotourism, and the Extractive Anthropocene in Komodo National Park, Indonesia,” CSEAS Newsletter 79 (2021): 9–11.
Cypri Jehan Paju Dale, “Working Politically with Knowledge,” 東南アジア地域研究研究所ニューズレター No. 6(2022).